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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

発想を変える

2020-05-31 10:11:29 | 福島

 今日は日曜日で、空き地でケンくんが遊んでいるのがわかっているので、テオは朝5時前から出かけようとうるさい。あんまり早く行ったって、ケンくんのほうがまだ来てないよと、テオをなだめながら5時半に出かける。

 ケンくんを見つけると、猛ダッシュで駆け出すテオ。15分ほどボールを追いかけるケンくんを、全力で追いかけ回すテオを見ていると、ボール遊びより全力で走ることが面白くて仕方がないらしい。そうこうしていたら、ケンくんの飼い主さんから「タケノコ持って帰る?」と言われ、軽トラックの荷台に転がったタケノコのうち2本をもらって帰ることになった。それにしても、手ぶらで散歩に出ても、帰りには食材をぶら下げている最近のアベさん御一行なのである。

 この後、セリとフキを摘んで持って帰ったが、セリのほうはトリカブトなどと並んで日本三大毒草のひとつにドクセリというのがあるので、しっかり調べてから料理に使おうと思っている。

 ところで、小林秀雄の「考えるヒント」を読んでいたら、「還暦」という文章があって、以前読んだときには頭を素通りした箇所に引っかかった。これは僕が歳をとったことによるのだが、近頃はみんな還暦を迎えても忙しく動き回り、還暦のお祝いをしているような暇もないということになっている。世間の風潮が変わればいずれ還暦というものもなくなってしまっても構わないのかもしれないが、小林秀雄によれば発想が反対なのだという。忙しくしているから還暦なんてなくていいというのではなく、忙しくしているからこそ、一度足を止めてゆっくり還暦を祝ってもいいのではないかというのだ。

 近頃はみんな長生きするようになった。昔は長生きしていることを長寿と言い、長く生きていることはすなわちめでたいこととイコールだった。が、今は「長生きしてもちっともめでたくない、ご長寿などとは無縁だ」と思っているお年寄りもいるだろう。しかしながら、これも発想が反対なのである。キリスト教でも仏教でも、その教えは生きていることそのこと自体に生きている意味があるという。若い人はよく、「自分が生きている意味がわからない」みたいなことを言うが、生きていること自体に意味があるのだから、意味があるかどうかの質問が無意味な質問だということになる。

 とにかく、この世にいることはいいことだ、と昔から偉い人たちが言っているのだから、そのことを素直に信じて毎日を楽しむのが長寿への道なのだろう。

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全治3ヶ月

2020-05-30 11:30:16 | 福島

 昨日、2月の終わりに手術した背中の粉瘤の治り具合を見てもらうため、1ヶ月ぶりに病院に行った。術後しばらくはせっせと通って消毒と絆創膏を貼ってもらっていたが、「こんな時期なので自宅で様子を見たい」と言うと、じゃあ5月の終わりにもう一度ということになっていた。

 病院に行くと、玄関口で消毒と検温をやっていた。ひと月前にはやってなかったので、危機感が増したということなのだろう。「はい、大丈夫です」と言われて受付で手続きする。待合室では相変わらずバアちゃんたちがベンチで大声で喋っている。それだけ熱心に話をしたら、マスクをしている意味があんまりないんじゃないかと心配する。

 診察をしてもらうと、「もう大丈夫、完治です」と言ってもらえた。再発していたら、またあの野戦病院みたいな乱暴な手当をされるかもしれないと恐れていたために、「ホッとしました」と正直な感想を口に出す。

 というわけで、とりあえずひとつ肩の荷が下りた。帰り道、空には入道雲が発達していた。病院で粉瘤と診察された時はまだ寒かったのに、季節はすっかり夏になった。全治3ヶ月だったなと、今更ながら長い治療に想いを馳せた。

 今朝も夏模様。早朝からテオをケンくんと遊ばせ、その後長い長い散歩をする。道端にはまだハルジオンの花をあちこちで見かけるが、よく似たヒメジョオンの花も蕾がほころび始めている。

 子供の頃草笛を作って遊んだカラスノエンドウは、名前の通りサヤが干からびて真っ黒けになった。今にもタネが飛び出しそうだ。

 アスファルトの道路を毛虫が横断していた。頑張れ、早く横断しないと車が来ちゃうぞ。

 晩御飯のおかずにするつもりでフキを採ってぶら下げて歩いていたら、この前クコの木を分けてくれたご夫婦に会った。フキ食べますかと差し出すと、「タケノコがあるから持ってって。物々交換ね」と言って、タケノコをくれた。

 

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爽やかな朝だったのに

2020-05-29 11:43:14 | 福島

 日が長くなり、朝4時には明るくなる。こうなって来ると、じっとしていないのがテオだ。冬の間はまだ真っ暗なうちに散歩に出ていたのが、最近ではすっかり日が高くなってから出かける。腕時計を持っていないテオは、お日様が昇ったり沈んだりすることで時間の経過を測っているので、とっくにお陽様が顔を出しているにも関わらず、ちっとも散歩に出かけようとしないのが不思議でたまらないらしい。

 早く起きろと、枕元にやって来て、ブルブルと体を震わせたり、人の頭を前脚でこづいたり、それでも起きてこないと、人のスリッパをくわえて中庭に出て行く。せめてスリッパだけでも散歩させようとでもいうのか。

 今朝は普段より早く、5時半には家を出た。

 日差しは強烈で、直射日光が眩しい。

 テオは朝露に濡れた草むらに顔を突っ込み、気持ち良さそうにしている。顔を洗っているつもりなのだろうか。

 道端のコンクリートの隙間から伸びたホタルブクロが、提灯みたいな花をぶら下げていた。名前の通り、昔はこの花の中に捕まえたホタルを閉じ込め、提灯かボンボリのようにして子供たちは遊んでいたという。この花が咲いているということは、そろそろホタルが出てくる季節になっているということである。近頃は、昔ほど農薬を散布しなくなったこともあり、夕暮れ時にあぜ道を散歩していると、ホタルが乱舞するところに出会うこともある。もう少ししたら、夕涼みがてら、ホタル狩りとシャレこんでみようか。

 家に帰ってニュースを見ていたら、新型コロナウイルス対策の専門家会議で議事録をとっていないことが問題になっていた。100年に一度という前代未聞の出来事が起こっているのに、将来のためにも議事録をとっているのが当たり前と思っていたら、いつの間にかないことにしてしまったらしい。

 らしい、というのは、官僚が会議の議事を取っていないことはあり得ないことで、おそらく表に出るとまずい発言があったということだというのは見当がつく。安倍さんあたりが「国民にマスク2枚を配布すれば、もうそれでいいじゃない」とでも言ったか。

 とにかく、日本のリーダーは世界的に見て評価が低すぎる。というのも、国民がどう言おうと、総理大臣を国民は選ぶことができない。せめて、国民の声を反映させられる制度にして欲しいと思うが、政治家が自分たちの立場を変更するような議論をまともにすることはないだろう。というので、せっかくの爽やかな朝に、またまたストレスが溜まる一国民なのであった。

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扇風機を出す

2020-05-28 11:15:31 | 福島

 先週は三月並みの気温ということで、朝晩はストーブをつけないと寒いくらいだった。畑に植えた野菜の苗たちも、この寒さでダメになってしまうんじゃないかと心配していたら、その後は雨の日が続いた。一昨日、久しぶりにお陽様が顔を出し、朝から気温がぐんぐん上昇した。

 窓ガラスを掃除した後、全開にして網戸にする。あちこちの窓を開けて風が通るようにするが、それでも暑く感じる。キッチンに置いてある温度計を見ると25度を軽く超えているではないか。慌ててカフェのストーブを片付け、押入れの奥から扇風機を出してくる。先週はストーブを焚き、今週は扇風機が必要になるなんて、あまりに気温差が激しすぎるのだ。

 今朝も昨日に引き続き初夏の陽気で、カメラを首にぶら下げて散歩に出た。

 空き地に真っ白な花が大量に咲いている。地中海原産のレースフラワーで、観賞用に持ち込まれたものが、今では野生化してどこでも見られる。雰囲気がニラの花みたいだなと思ったら、セリ科の植物だった。ニラとセリじゃだいぶ違うな。

 田んぼはどこもほぼ田植えが終わり、散歩をしているとカエルの大合唱がうるさいくらいだ。水面すれすれを軽快にツバメが飛び交っている。殺風景だった田んぼは、田植えとともに一変する。冬枯れの景色は初夏のみずみずしさに取って代わり、散歩をしていても朝の風が気持ちがいい。

 最近散歩の時間がどんどん早くなっているので、電車の通り過ぎる時間とずれていたのだが、今日は途中で筍を採ったり、フキを摘んだりしてのんびりしすぎたせいか、駅のホームに電車が入って来た。テオは久しぶりの電車に身を乗り出す。

 我が家の庭のモッコウバラが、最近の雨ですっかり汚くなってしまった。代わりに咲き始めたのがパーゴラに這わせたバラの花だ。

 植えた当人に名前を聞くと、忘れたと言う。「アゼルバイジャンみたいな名前だったけど」とタミちゃんは言うが、おそらく全然違うだろう。

 とりあえずネットで調べてみると、ポンパドールというバラに似ている気がする。が、似たようなバラは山ほどあるので、そのうち植えた当人に確認することにしよう。

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最後のアベノマスク

2020-05-27 11:20:44 | 日記

 創作の好きな人たちで、定期的に作品を持ち寄るという会を開いているのだが、新型コロナウイルスの影響で、前回の集まりはキャンセルにした。そろそろ再開したいという希望があったので、3ヶ月ぶりに開催したのだが、緊急事態宣言が解除になった途端、やっぱり気が緩んでいるなあと実感した。まずマスクでさえして来ない人もいるのだから。

 新しい生活とやらを政府は推奨しているが、全員が横並びで座れるほどカフェは広くない。とりあえず二つのテーブルに別れて座ってもらい、ソーシャルディスタンスを守ろうとするが、会話に熱が入れば少しくらいの距離はほとんど意味がない。おまけに食事をしたり飲み物を飲んだりと、マスクを外している時間の方が長いんじゃないかと感じてしまう。第二波がいつやって来てもおかしくはないのかもしれないが、やって来るとしたら都会から田舎へと人が移動した時だろう。

 世界中で日本の被害の少なさが話題になっている。安倍さんは「日本モデル」の成果だと、恥ずかしげもなく胸を張っているが、この言葉自体二番煎じの感じがプンプンしているのである。そういう主張が通るとしたら、よほど日本人のことを知らない他所の国の人に限られるだろう。日本の被害が少なかったのは、日本人なら誰だってわかっている。政府が言うまでもなく、個人個人がせっせと感染予防をした結果なのである。

 それにしても、我が家にはまだアベノマスクは届かない。緊急事態宣言後、すぐにでも届いていれば少しは役に立ったかもしれないが、感染が減り、緊急事態の解除を宣言してもなお、いまだにマスクが届かないというのは、一体どういう政策なんだろう。いっそのことマスクを配るのを辞めた方がいいというのは誰だってわかる。PCR検査の全自動の機械が1台1億円ほどだというから、マスクは辞めて検査機でも買ったほうが役に立つ。

 さて、こうなって来ると、一体最後のアベノマスクを手にするのはどこの誰なのだろうと気になってくる。どうせなら、今年の年末くらいに我が家に届けば、相当笑えるのにと思う。いっそのこと世をあげて、「最後の一枚を手に入れるのは誰?」といったイベントでもしたらどうだろう。

 今のところ、都会から先に配布しているようなので、我が家に最後の一枚がやって来る可能性はゼロではない。

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梅雨みたい

2020-05-26 10:23:31 | 福島

 このところ雨ばかり降っている。梅雨入りはまだまだ先なんだろうが、なんだかすっかり梅雨入りしてしまったかのようだ。

 ほとんどの田んぼは田植えを終え、雨模様の景色に色を添える。水の張った田んぼと雨はよく似合う。

 田んぼの上をツバメがひっきりなしに飛び交っている。畦道をチョコチョコと歩いているのは、水辺が大好きなセグロセキレイだ。

 散歩の途中、近くでホトトギスの鳴き声が聞こえたので慌てて見回すと、頭の上を「ホットットギス」と鳴きながら横切った影があった。タミちゃんも初めて目にしたホトトギスの姿に興奮気味だ。

 田んぼの畦や空き地では、除虫菊が満開だ。名前に除虫と付いているくらいだから、蚊取り線香の元にでもなっているのだろうか。満開の花を見ていると、虫除けどころか、せっせと虫を集めているようにしか見えないが。

 雑木林の藪に見慣れない紫の花があったので、調べて見ると「オオバンソウ」とあった。確かに葉っぱを見る限り、大判といったような形をしている。これだったら花がなくても葉っぱさえ付いていれば、すぐに名前がわかるのである。すべての植物がそういうネーミングならすぐに覚えられるのだが、オオイヌノフグリとかママコノシリヌグイとか植物界には、一体誰が名付け親なんだと訝りたくなる奇妙な名前が結構ある。

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高級料亭並みの食事

2020-05-25 11:47:24 | 日記

 散歩の時に採ってきた筍とフキを、ニシンと一緒に炊いて食った。北海道を旅行した時、ニシン御殿というのを見て来たが、その豪邸ぶりに、かつてはニシンがいかにたくさん獲れ金になったかを実感したが、今ではニシンも乱獲で獲れなくなっているようだ。

 東北の方ではニシンというのはポピュラーな食べ物のようで、身欠きニシンは食堂でもメニューにあるが、関西では京都でニシン蕎麦を食ったくらいで、ニシンを食った記憶がない。九州ではアジやサバは当たり前に食卓に上がったが、ニシンやホッケは見かけなかった気がする。こういうものは、冷凍技術が発達した最近になってようやく全国規模で出回るようになったように思う。

 というようなことはどうでもいいので、とにかくニシンと筍とフキの炊き合わせは、ものすごい贅沢なご馳走だった。考えてみれば、高級料亭でなければ目にしないようなメニューではないか。いくら緊急事態宣言が解除になり、外食できるようになったと言っても、ファストフード店には置いていないのである。アベさんちはなんと贅沢な食生活を送っているんだろうと、日々の暮らしに感謝するのであった。

 ケンくんとテオが空き地で走り回っている時、裏山の雑木林の中からさかんにホトトギスの声が聞こえていた。どうせ姿は見えないんだろうなとぼんやり考えていたら、林の梢から一羽の鳥が、ホットットギスと鳴きながら飛び立ち、僕の頭の上をすーいと飛んで行った。あいにくシルエットしかわからなかったが、ホトトギスであることには間違いない。おお、生まれて初めてホトトギスの姿を見たぞ。シルエットでも目撃できたということは、そのうちもっとはっきり見ることができるだろう。散歩の時に見かけたリスだって、最初は木の幹を駆け上がるシルエットしかわからなかったのだから。

 田植えが進み、散歩をする道の両側は広々とした池のようになっている。そこに新鮮な青葉が映り込み、鏡のようだ。晴れた日には、青空が田んぼの水面に映り込む。その上を、ツバメたちがせわしなく行ったり来たりしているが、目の端っこの方を青い鳥が横切った気がしたので慌てて視線で追うと、青い宝石のように輝くカワセミが目の前を横切って行った。日増しに夏が濃くなっていくようだ。

 テレビでは、外出できずにストレスが溜まったとインタビューで答えているが、この辺では毎日の散歩でもほとんど誰とも会わず、密になる状況もない。それでもみんなマスクをして歩いているのだから、日本国民は指導者がグダグダでも、ちっとも困らないのである。

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これは散歩なのか

2020-05-24 11:38:35 | 福島

 昨日の夕方、傘を差してテオを散歩していると、ケンくんちのオジさんが声をかけて来た。テオはオジさんに気づくとケンくんと遊べると思ったようで、キャンキャンと子犬のような甲高い声で鳴き始めた。それを見たオジさんは、「また明日の朝な」とテオをなだめてくれたが、そういうことなので今朝は早起きをしてケンくんのもとに一目散だ。

 ウヒョヒョヒョと楽しくてしょうがないテオ。一緒に遊んでいるところをカメラに収めると、偶然にもブレーメンの音楽隊のような、テオがケンくんの背中に乗っかっているように見える写真が撮れていた。

 しばらく遊んだ後、ケンくんと別れ再び散歩を続行すると、竹藪の中にたくさんの筍が顔を出しているのに気づいた。もう大きいから食べるには少し遅いなと思っていたら、タミちゃんが目ざとく小さな筍を見つけ、採って行くと言い出した。人んちの土地だから止めとけばと言うと、採ってあげたほうが喜ばれるよ、とせっせと筍を採って来た。

 そういうことで筍の小さいのを2本ゲット。冷蔵庫の中にニシンがあったから、今晩の夕飯はニシンと筍の炊いたやつだなということになった。

 その後もブラブラと散歩を続けていたが、空き地にフキがいっぱい出ているのを見つけてタミちゃんが「フキを採って行く」と言う。フキは筋を取ったりする下処理が面倒臭いが、面倒臭がらなければこんなご馳走はない。

 テオはフキの収穫に忙しいタミちゃんを、「何しているんだろう」といった顔で、切り株に座って眺めている。

 というわけで、フキもゲット。晩飯がだんだんご馳走になってくるのである。が、こうなると散歩なのか、食材集めなのかよくわからなくなる。でも、こういうことは大都会に住んでいると経験できないだろうから、田舎万歳なのである。

 家に帰り着くと、今年初めて咲いた庭のシャクヤクが、雨に濡れてますます色鮮やかに咲き誇っていた。

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本屋に行く

2020-05-23 11:44:35 | 日記

 若い頃、大阪と東京にそれぞれ10年ずつ住んだ。今みたいにネット通販などない時代だから、読みたい本があると、本屋や古本屋を訪ね歩くということになる。今ではネットで検索すれば、プレミアムのついた古本でもお金さえ払えば簡単に手に入れられる。当時はそんな便利なものはないから、まずは大きな本屋で探し、そこで見つからなくても、もしかしたら町の小さな本屋の棚の片隅で埃をかぶっているかもしれないと、片っ端から探して歩いたこともある。朝から晩まで何軒もの本屋をハシゴし、足を棒にしていたのも今ではいい思い出だ。

 本屋だけに頼っていては、月に数万円の本代がかかるので、図書館もせっせと利用した。いまだに月に10冊くらいは借りているから、20歳の頃から計算したら一体何冊くらいの本に目を通しのだろう。考えるだけで面倒臭い。

 新型コロナウイルスのせいで、公立の図書館がどこも閉鎖していたので、今年になって図書館には行っていない。こういう時だからと、家にある本の中からもう一度読みたいものを探し、じっくりと読み進めている。「読書百遍意自ずから通ず」というが、どんな物事でも、経験する回数が増えるほど味わいが増す。よく、「百聞は一見にしかず」だから、いろいろ聞くより一度経験した方が早いという人がいるが、このことわざの意味するところは、百聞がある人だけが、「ああ、そういうことか」と一見しただけで理解が可能になるということである。無知な人に何かを見せたところで、「何それ」とポカンとされるのがオチなのだ。

 家にある本にも限界があるので、この前本屋に行って井沢元彦さんの「天皇の日本史」というのを買って来た。面白かったので、今日は「天皇の日本史2」を買って来た。前書きに、天皇は英語でも訳せない、「テンノー」とでも言うしかないという解説がしてあった。世界には君主を表すのに、エンペラーとキングという言葉がある。日本語にすると皇帝と王様だ。が、井沢さんの説明では、エンペラーと皇帝は全然別物だし、キングと王様も別の意味だという。これは学者の怠慢で、きちんと言葉を区別しておかなかったからだという。ローマ皇帝とイギリス国王はどちらが偉いとは言えないが、中国では国王は皇帝の下にいるという位置づけがはっきりしているという。

 ちなみに、皇帝だろうが国王だろうが、世界の常識は誰でも君主を打ち負かすことで取って代わることができる。ただ、日本だけはどんなに武力を持とうが、天皇家の血筋を引かないものは天皇にはなれない。源頼朝だろうが徳川家康だろうが、天皇の代わりに世の中を収める征夷大将軍という役職を得たにすぎない。

 さて、ここから先は何が書いてあるのか。のんびり読み進めることにする。

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山ホトトギス、初鰹

2020-05-22 11:14:51 | 日記

 雨が降り、気温も三月並みという冬に逆戻りのような日が続いた。雨が降るとテオにレインコートを着せ、こちらは傘を差して出かけるのだが、いつものコースを歩くとびしょびしょになるので、30分くらいのコースでお茶を濁す。散歩時間が短いからか、テオが用を足すことなく家に帰り着くこともある。

 今朝も空模様は怪しいが、天気予報では気温は少しは上がるらしいので、久しぶりに長い散歩に出た。ブラブラと雨に濡れて濃くなった緑の中を歩いていると、どこからともなくホトトギスの鳴き声が聞こえてきた。鳴き声のする方に顔を向けて探してみるが、ホトトギスの姿を見るのは至難の技だ。それにしても、今年初めて聞くホトトギスの声に、初夏の気分も盛り上がる。

 バードウオッチングをしている人でも、ホトトギスとカッコーの姿はそっくりなので見分けることが困難らしい。一番簡単な見分け方は、鳴き声ということになるだろう。カッコーは多くの人が知っているように「カッコー、カッコー」と爽やかに鳴く。ホトトギスはどう鳴くかというと、僕の耳には「ホットットギス」と聞こえる。アクセントは「ギ」のところにあり、ここを強く高く発声するとホトトギスの鳴き方になる。

 ホトトギスのことを考えながら散歩していたら、「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」の句が自然と浮かんで来た。新緑が美しい今の季節を歌ったんだなあと、今更のように感動する。

 有名な句だが、誰のものかは知らなかったので、家に帰って調べてみた。江戸時代中期の山口素堂の句とある。当時もすぐに人気が出たようで、江戸っ子たちの間では、初夏には初鰹を食べるのが粋だとされていたようだ。

 「鰹って初夏が旬だったのか」と、今更のように教えられるアベさんだが、江戸の頃の人は、なんと季節に敏感だったんだろうと感心する。僕なんか、刺身が食いたいなあとスーパーの陳列棚をのぞき、量の割に価格が安い鰹のタタキを買うことがあるが、旬のものとして口に入れることはない。旬なものを粋だと言って食べることこそ、僕にはすごく粋に感じるのである。

 僕は鰹を見てもすぐに初夏が旬だとは感じないが、鰹のタタキが有名な高知あたりでは、きっとこの季節は鰹があちこちで出回り、観光客の前で串に刺した鰹をワラで炙ったりしてるんだろうなと、想像してみるのであった。

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