今日は日曜日で、空き地でケンくんが遊んでいるのがわかっているので、テオは朝5時前から出かけようとうるさい。あんまり早く行ったって、ケンくんのほうがまだ来てないよと、テオをなだめながら5時半に出かける。

ケンくんを見つけると、猛ダッシュで駆け出すテオ。15分ほどボールを追いかけるケンくんを、全力で追いかけ回すテオを見ていると、ボール遊びより全力で走ることが面白くて仕方がないらしい。そうこうしていたら、ケンくんの飼い主さんから「タケノコ持って帰る?」と言われ、軽トラックの荷台に転がったタケノコのうち2本をもらって帰ることになった。それにしても、手ぶらで散歩に出ても、帰りには食材をぶら下げている最近のアベさん御一行なのである。

この後、セリとフキを摘んで持って帰ったが、セリのほうはトリカブトなどと並んで日本三大毒草のひとつにドクセリというのがあるので、しっかり調べてから料理に使おうと思っている。

ところで、小林秀雄の「考えるヒント」を読んでいたら、「還暦」という文章があって、以前読んだときには頭を素通りした箇所に引っかかった。これは僕が歳をとったことによるのだが、近頃はみんな還暦を迎えても忙しく動き回り、還暦のお祝いをしているような暇もないということになっている。世間の風潮が変わればいずれ還暦というものもなくなってしまっても構わないのかもしれないが、小林秀雄によれば発想が反対なのだという。忙しくしているから還暦なんてなくていいというのではなく、忙しくしているからこそ、一度足を止めてゆっくり還暦を祝ってもいいのではないかというのだ。
近頃はみんな長生きするようになった。昔は長生きしていることを長寿と言い、長く生きていることはすなわちめでたいこととイコールだった。が、今は「長生きしてもちっともめでたくない、ご長寿などとは無縁だ」と思っているお年寄りもいるだろう。しかしながら、これも発想が反対なのである。キリスト教でも仏教でも、その教えは生きていることそのこと自体に生きている意味があるという。若い人はよく、「自分が生きている意味がわからない」みたいなことを言うが、生きていること自体に意味があるのだから、意味があるかどうかの質問が無意味な質問だということになる。
とにかく、この世にいることはいいことだ、と昔から偉い人たちが言っているのだから、そのことを素直に信じて毎日を楽しむのが長寿への道なのだろう。
































