先日、知人から郡山市の文化センターで美術展が開催されるというので、招待券が送ってきた。コロナ禍でここ2年ほど展覧会は中止になることが多かっただけに、久しぶりに足を伸ばしてみることにした。チケットには公共機関をご利用くださいとあったので、近くの図書館に車を止め、そこから歩いて行った。普段からコンサートの時などには大行列ができているのを見ているので、混雑を予想していたが、広い会場に入ると、客は僕ひとりだった。おかげで1時間ほど、誰にも邪魔されずにのんびりできたが、入場料を取ったところで、とても採算は合わないだろう。
福島県南で活躍する画家という触れ込みだったが、ごく一部の絵を除いて、ほぼ素人の絵だった。それでも人の振り見て我が振り直せで、いろいろと自分自身で気をつけなければならないところが見えてくる。絵を描くということは、すなわち世界をどう見ているかということにつきると僕は考えているが、そういう視点で絵画を見ると、個性を出そう出そうと頑張るあまり、対象物とちゃんと向き合っていないような気がするのである。
僕たちはバラの花を見て、ああ綺麗だと感じる。バラの美しさなんてよく知っていると思っているから、同じ花を数時間見続けるなんてことはできない。ところが画家はそれをやっている。僕らが美しいバラだなあと感じ、立ち去った後も、画家は延々と見続け、新たな美しさをそこに見続けている。
10月に入ったら、三春美術協会の恒例の美術展がある。美術展といえば大仰だが、趣味にしている人の発表の場で、カラオケとか日本舞踊とかフラダンスとかのお披露目を町のホールでやるだけのことだ。それでも参加している以上、そろそろ出品作品を用意しなければと考えていた。
そんな時、散歩の途中で今度は郡山市で市民グループで作る美術展の会長に会ったので、いつやるんですかと尋ねてみた。いつもは前もってもらう出展要項が届いていなかったからだ。会長は僕のところへ届けるのを忘れていたようで、昨夜わざわざ尋ねてきた。とりあえず印刷の都合があるので二日後までにタイトルだけでも教えてほしいとのこと。10月になればぼちぼち始めればいいやと考えていただけに、昨夜から焦って出品作品を何にするか考え、朝一番で連絡した。
市民グループのほうには大きな絵を1点、三春美術展のほうには中くらいの絵3点と絵葉書ほどの作品2点を用意することになった。おまけにふたつの展覧会の日程が見事にダブってしまったのである。いやいや、急に尻に火がつき、アタフタしているアベさんであった。
福島県南で活躍する画家という触れ込みだったが、ごく一部の絵を除いて、ほぼ素人の絵だった。それでも人の振り見て我が振り直せで、いろいろと自分自身で気をつけなければならないところが見えてくる。絵を描くということは、すなわち世界をどう見ているかということにつきると僕は考えているが、そういう視点で絵画を見ると、個性を出そう出そうと頑張るあまり、対象物とちゃんと向き合っていないような気がするのである。
僕たちはバラの花を見て、ああ綺麗だと感じる。バラの美しさなんてよく知っていると思っているから、同じ花を数時間見続けるなんてことはできない。ところが画家はそれをやっている。僕らが美しいバラだなあと感じ、立ち去った後も、画家は延々と見続け、新たな美しさをそこに見続けている。
10月に入ったら、三春美術協会の恒例の美術展がある。美術展といえば大仰だが、趣味にしている人の発表の場で、カラオケとか日本舞踊とかフラダンスとかのお披露目を町のホールでやるだけのことだ。それでも参加している以上、そろそろ出品作品を用意しなければと考えていた。
そんな時、散歩の途中で今度は郡山市で市民グループで作る美術展の会長に会ったので、いつやるんですかと尋ねてみた。いつもは前もってもらう出展要項が届いていなかったからだ。会長は僕のところへ届けるのを忘れていたようで、昨夜わざわざ尋ねてきた。とりあえず印刷の都合があるので二日後までにタイトルだけでも教えてほしいとのこと。10月になればぼちぼち始めればいいやと考えていただけに、昨夜から焦って出品作品を何にするか考え、朝一番で連絡した。
市民グループのほうには大きな絵を1点、三春美術展のほうには中くらいの絵3点と絵葉書ほどの作品2点を用意することになった。おまけにふたつの展覧会の日程が見事にダブってしまったのである。いやいや、急に尻に火がつき、アタフタしているアベさんであった。