Yahooニュースを見ていたら、日本の15歳から39歳までの死因のトップが自殺で、先進国では日本のみという記事が出ていた。先進国の中で、日本の若者だけが悲惨な状況にあるとは思えないから、そこには社会構造というよりも、人生の捉え方、掘り下げれば宗教の問題というものがあるのかもしれない。
キリスト教国のような一神教の世界では、自殺は犯罪である。この世にあるものは神様がお作りになったものだから、それを勝手に破壊するのは神様への冒涜だという信仰がある。だから殺人だろうが、自殺だろうが、動物虐待だろうが、同じような罪なのである。
日本でも、当然のことながら自殺はよくないことだとされている。が、なぜいけないことなのかという理由に、迷惑をかけるということが第一義になっている気がする。自分の命は自分のものという考えも根っ子のところにあるのかもしれない。だから、迷惑をかけてもいいんだと開き直れば、自殺へのハードルは低くなってしまうのだろう。
自殺も将来的には、病気の一種と認定されるだろう。ギャンブル狂が依存症であるように、偏執的にしか働かなくなった脳は、正常な状態ではないのである。
アンが我が家にやって来て以来、身近に命があることをつくづく感じるようになった。

躍動する命を間近に見ていると、自分が何をしなくても、幸福感が生まれる。

自分の周囲には実にたくさんの命があって、それが日々輝いていることを知ること、それだけで一切のストレスから解放されるのを実感することができる。

日本の若者の自殺がストレスからだとしたら、彼らの追い込まれている袋小路は、日本の精神風土とともに、最近の教育方針にも原因がありそうな気がする。

学校の授業でもあるいは家庭でも、命の大切さを言いながらも、具体的にはそれを心の底から感じさせる機会を子供に与えていないのではないかと、僕には感じられてしまうからである。



























