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おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

趣味じゃない。

2011-05-31 08:10:19 | 日記
 同じ台風でも、秋に来る台風とこの時期に来る台風ではずいぶん様子が違う。秋にやって来る台風は、台風が来るごとに夏が終わり、秋が深まって行くのを感じる。台風一過、空は青く澄み渡り、穏やかな秋晴れとなる。ところが、今回の台風は、通り過ぎたと思っても、梅雨前線はとどまったまま。結局梅雨前線を刺激しただけで通り過ぎていった。台風一過となるはずの今日も、朝からどんよりと厚い雲がたれ込め、いつ雨になってもおかしくないような空模様だ。

 久しぶりに山歩きに出かけようと思っていたが、こんな天気じゃあきらめよう。山の中で雨に会い、カッパを着て行軍するなんてのは僕の趣味じゃない。というわけで、急遽予定を変更し、世界記憶遺産に認定された山本作兵衛さんの絵がある田川の石炭資料館にでも行ってみようと思ったら、今朝の朝刊で、「今日から原画を公開」とある。世界記憶遺産のニュースが流れて以来、館に問い合わせが殺到し、普段はコピーしか展示していないのを、原画も併せて数点展示するというのだ。

 こりゃ、人が殺到するだろうな。人の後ろ頭を観に行くようなことになるんじゃなかろうか。そういうのも僕の趣味じゃないので、また時間を置いて、みんなの熱が冷めたころ出かけることにする。今日のところはおとなしく絵日記の続きを更新しておこうかな。
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記憶遺産

2011-05-30 07:51:48 | 日記
 台風は通り過ぎたようだが、相変わらず天気は悪い。午後から晴れてくれれば、明日はどこかトレッキングに出かけられるくらいには地面も乾くだろう。こう家の中ばかりにいちゃあ、体がなまってしまうのだ。若いときというのは何もしなくても体力はありあまっていたが、歳をとってくると現状維持をするためには、よほど頑張らなければいけない。

 5月いっぱいで家の光回線を使えなくするので、6月1日にNTTがやって来るという。そっちで勝手に回線を止めればいいんじゃないかと思うが、モデムを引き取りにくるらしい。それだけのために家にいなくちゃいけないんだろうか。回線の不正使用を防ぐため、壁を伝う回線を全部ひっぺがして行くんだろうか。ともかく、これからはノートパソコンのデータ通信だけがたよりになる。ブログもHPもメールもこれ1台。でも、ノートパソコンって持ち運ぶことが多いから、壊れやすいんだよな。さあ、デスクトップが使える今日明日のうちに、HPのリニューアルは終わせとかないと。

 そういえば、世界記念遺産になった炭坑の記録は、お隣の福岡県のニュースだが、田川市ならそんなに遠くない。近いうちに資料館を訪ねてみようと思う。70歳を過ぎて思い出を題材に絵筆をとった山本作兵衛さん。すばらしい。僕のHPも世界記憶遺産に申請しようかな。
 
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台風

2011-05-29 08:10:12 | 日記
 台風が近づいている。今日中には九州を通り過ぎるようだが、ビショビショと雨が降り続けている。
 散歩に行くにも山歩きのスタイルで、レインスーツで出かける。トトにもレインコートを身につけさせる。

 それでものんびり歩くことはできず、僕もトトも運動不足でストレスが溜まる。トトは鉛色の空を見上げ、哀しげに雄叫びをあげている。仕方ない、ずぶ濡れ覚悟で雨の中をたっぷり歩いてみるか。

    山あれば山を観る
    雨の日は雨を聴く
    春夏秋冬
    あしたもよろし
    ゆふべもよろし

  うしろすがたのしぐれてゆくか

              山頭火
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おかどちがい

2011-05-28 08:35:08 | 日記
 昨日に引き続き、HPの絵日記に「犬と旅する8~剣山の巻」をアップする。大体いつもそうだが、旅行をするとその旅行記をまとめるのにひと月近くかかってしまう。出かけたときと印象が別のものになってしまい、僕としては新たな旅行をもう一回出かけるようなものでお得感がある。もっとも、読む方はそんなこと関係ないだろうけど。



 ところで、近頃一番気になるニュースが、福島原発のことだ。事故発生当時、原子炉を冷やすことができなくなり、海水を注入した。ところが、東電のトップや政府の間では海水注入を開始しろだの止めろだの勝手なことを言い、最後は言った言わないの議論になった。その間、現場は所長の独断の判断で海水を注入し続け、上の命令には従っているフリをしていたのだ。結果として所長の判断は正しかったのだが、東電としては命令違反の所長は処罰の対象になる。これに一般市民が噛み付いた。

 で、僕が気になるのは、所長の独断が正しいのか間違っていたのかを論じても意味がないということだ。このニュースの一番の根っこにある問題は、部下が上司の命令に違反し、自分が正しいと思うことをやる場合、正々堂々と命令違反をしなければ組織やシステム、そして社会が崩壊してしまうということにある。正々堂々と命令違反をするとはどういうことか。人は自分が正しいと思うことをやる場合、「こうします」とはっきり宣言してやらなければ、後々結果を検証できなくなるということなのだ。

 仮に政府から東電に命令が下ったとしよう。けれども東電は独自の判断で所長に命令し、政府には命令通り実行したと報告する。所長は東電の命令を無視し独自の判断で部下に命令し、会社には命令を実行したと報告する。班長は所長の命令を無視し、独自の判断で現場の作業員に命令する。部下は班長の命令を無視し、指示通り動いたと報告する。こういうことが平気で行われるようになった社会を考えてみるがいい。誰もがあいつはバカだ、オレの方がそれについてはよく知っていると思う。思うなら、そう宣言しなければいけない。あいつはバカなのでオレはオレ流でやると。それではじめて彼も処罰の対象になる。

 ところが、現実に問題になっているのは、所長の判断が正しかったのかどうかということだ。東電が所長を処罰するのがいいのか悪いのかということだ。僕にはどちらもお門違いに思える。
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絵日記

2011-05-27 07:20:04 | 日記
 雨ばかり降るので、ずっと机についている。学生時代に戻ったようで、これはこれで新鮮なのだが、集中力のほうはさすがにオッサン化が進んでいるのか、パソコン画面を眺めているとすぐに眠くなる。極端な話、早朝に机にむかうと、それだけでその日一日眠いまますごさなければならない。

 それでも頑張って久しぶりにHPに絵日記を更新する。リニューアルも完全には終わっていないが、たまには新作もアップしておかないと、そこだけ生活してないみたいになってしまうのである。HPへは、左下リンク「田舎で暮らす」から飛んで行けるよ。



 
 ジメジメした毎日にも飽きたので、ネットで沖縄の歌手cojacoのアルバム「ウムイウタ」を買って聞いている。三線を引っ張り出し、本格的な夏にむけて練習を再開した。
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山開き、海開き

2011-05-26 07:35:32 | 日記
 九重連山の山開き祭が6月4日にあると新聞に出ていた。ちょうどその頃がミヤマキリシマが満開の時期で、去年はそれを知らずに出かけて行ってしまい、芋の子を洗うような状態の中、登山をした。今年はその日だけは避けようと思っている。新聞記事はミヤマキリシマのイメージキャラクターを、ピカチューのデザイナーに担当してもらったという内容だったが、ゆるキャラは今やどこへでも進出する。

 「山開き」や「海開き」があるまで、昔は遊んでは行けないと僕は信じていた。ところが、山歩きをするようになって知ったが、山開き前だってせっせとみんな山に出かけているのである。というよりも、年中関係なく、夏山だ冬山だと人が絶えることがないのが本当のところである。海だって同じことで、海開きまで泳いではいけないというルールはない。結局それらの行事は、安全を祈願する日ととともに、海の家や山小屋やお土産屋の営業開始の告知するためである。遊びに来る人のためのものではないのだ。

 同じように、最近何かと話題の原子力保安院にしても、あれは国民を守るために存在する組織だと思っていたら間違う。産業としての原子力発電を守り、既得権益を維持するためにある組織なのである。そっちの保安かよ。
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鳩が鳴く

2011-05-25 07:56:22 | 日記
 今日は午前中だけなんとか雨はなさそうで、午後から雨になるという。明日からしばらくは雨が続くというので、山歩きに出かけるには今日を逃したくはないが、どうせここ数日の雨で、山道はぬかるんでいるだろうし、山のほうが雨になりやすいことを考えると、あきらめたほうが良さそうだ。

 せめてトトだけでもたっぷり歩かせようと、今にも雨が落ちてきそうな空の下を散歩させる。鉛色をしたぶあつい雲の塊が、風に運ばれ山のてっぺんをかすめて行く。スズメやヒバリのさえずりに混じって、雑木林からハトの鳴き声が聞こえてくる。それは他の野鳥たちの高らかな歌声とは違って、オッサンがなにやらぶつぶつ言っているのに似ている。ボーボー、ホロッホー。

 怪しい空模様なので、今週は山行きはあきらめて、リニューアル途中のHPの完成でも目指すことにしようか。ほかにもいろいろやっておきたいデスクワークもあるし、集中して遊び回るためにも、雑用はすべて終わらせておきたいしな。窓の外を眺めると、庭の木々の葉っぱが風に吹かれてワサワサと身をよじっている。風に乗って救急車のサイレンの音が聞こえてくる。登校する子供たちのおしゃべりが通り過ぎる。カラスがカアーと間延びした声を上げて飛んで行く。世間の騒音に混じって、どこからかハトの規則正しい鳴き声が聞こえてくる。ボーボー、ホロッホー。
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梅雨入り

2011-05-24 08:50:16 | 日記
 九州南部が梅雨入りしたという気象庁の発表があった。えっ、もうなの、早すぎるよ、ちょっと待ってよ。と言いたいアベさんである。ようやくHPのリニューアルもめどがつき、さあこれから遊ぶぞ、と盛り上がっているところに、文字通り水をさされた格好なのだから。

 それにしてもよく降る雨だ。こういうときでもないと机にもむかわないので、一日中立ったり座ったり、机の周りをうろうろしているが、人間の脳みそというのはよくできていて、こういうときでも頭の中では放浪の旅に出たりしているのである。

 山頭火の句集を開いてみる。昔からなんとなくは知っていたが、この歳になってあちこちうろつきまわるようになると、山頭火の軽やかで自嘲気味の句が実に抵抗なく僕の中で共鳴する。

 「分け入っても分け入っても青い山」は、まさに夏山の中を歩く雰囲気にあふれているが、僕のように単独行をする山歩きでは「すべつてころんで山がひつそり」などは、転んだ自分を笑ったところで、あいたたたたと叫んだところで、誰も応えず山がひっそりしている様子が実にリアルだ。

 ほかにも、この時期の歌として

「しとどに濡れてこれは道しるべの石」
「この旅、果てもない旅のつくつくぼうし」
「あの雲がおとした雨にぬれてゐる」
「けふもいちにち風をあるいてきた」
「何が何やらみんな咲いてゐる」

 挙げればキリがない。特別どうということのない句だが、僕の生活がどうということのないものなので、ちょうどいい。
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晴遊雨読

2011-05-23 07:01:21 | 日記
 本格的に雨が降っている。空を厚い雲がおおい、昼だというのに薄暗いほどだ。

 雨が続くとトトも僕も運動不足になる。雨が小止みになったときは、すぐに散歩に出る。



 麦畑は黄色く色づき、ヒバリは刈り入れが近づいたのを知っているのか、以前にもまして活発だ。

 インターネットで本を注文しておいたら、日曜日の午後に配達してくれた。このところ、近所や隣町の本屋や図書館を回り、めぼしい本を見つけられないでいたので、すぐに手に入るのは嬉しい。届いたのは、山頭火の句集、福田恆存の評論「人間・この劇的なるもの」、竹田津実のエッセイ「オホーツクの十二か月」。山頭火は図書館にあるが、旅先で見たくなるので汚してもいいように購入した。竹田津実さんは大分県出身の獣医兼作家で、北海道で活躍し、著書に「キタキツネ物語」などがある。ちなみに動物王国のムツゴロウさんが、中・高校を大分で過ごしているので、大分県というところは、北海道や野生動物とつながりが強いようだ。

 雨が続くとトトだって退屈だろう。おい、何か読むなら、本を買ってやるぞ。



 最近、老眼が入ってきたので、細かい字が読みづらくって。
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2011-05-22 08:38:26 | 日記
 久しぶりにまとまった雨が降り、涼しい一日になっている。散歩に出ると、掘り返された畑にたくさんの鳥たちが群がり、盛んにエサを探している。きっとこんな日は、土の中から虫たちが顔を出すのだろう。

 早朝、ドンドーンと花火が上がった。今日は近くの小学校の運動会がある。でも、この分じゃ開催したとしても、最後までプログラムをこなすのはむずかしいかもしれないな。昔は運動会と言えば秋と決まっていたが、近頃は学校によって春にやったり秋にやったりするようだ。

 ひと昔前、運動会で子供たちがかけっこの時に手をつないでゴールし、誰が一等かビリかを決めないということが行われた。教育現場では真面目に「平等」が語られていたが、さすがにこんな悪しき平等思想は長くは続かなかった。平等とは、ゴールを一緒にすることではない。誰でもがスタート地点に立てるようにすることだ。結果が違うのは、努力と才能の違いである。

 悪しき平等の根は案外深く、教育現場に留まらず、政治の世界でも蔓延している。共産主義が亡びたのは、何が何でも結果を平等にしようとしたためだ。今でも、「弱者救済」の名の下、一律に手当を出したり、保護したりすることは有権者に受けがいい。

 「保守」と「革新」とは、新聞でよく目にする言葉だ。字面だけ見れば、保守は保護、革新は革命を連想するが、意味するところは「保守」とは自助努力の社会、「革新」とは助け合いの社会を言う。もっとも助け合いというのはあくまで表向きで、実は金持ちから金を取って貧乏人に配れ、というねたみと嫉妬がベースにある。

 山歩きに出かけるようになって、自助努力という言葉を真面目に考えるようになった。山の中では疲れたからと言って、タクシーを利用するわけには行かない。誰かに肩を貸してもらうわけにもいかない。自分が歩いた分だけ、自分で歩いて帰らなければならない。飲み水がなくなれば、計画的に使わなかった自分のせいであり、山の中に水場を用意しなかった行政のせいではない。

 久しぶりにまとまった雨が降り、別段することもないので、机にむかってポケーッとしている。
 
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