おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてもノンキな暮らし

究極のポジティブ思考

2022-01-25 10:33:55 | 日記

 去年、11月にクライマーの山野井泰史さんが、アジア人として初となるピオレドール(黄金のピッケル)生涯功労賞を受賞された。ピオレドール賞は、毎年山登りに貢献した人に贈られていて、日本人でも数人がすでに受賞しているが、生涯功労賞というのは現在までに12人の受賞者しかおらず、山野井さんで13人目である。この賞を受賞する人が少ないというのは、途中で命を落とした有名クライマーが多いということの証明でもある。日本人女性でピオレドール 賞を受賞した谷口けいさんも、2015年に若くして滑落事故で死亡している。

 去年の暮れ、12月には日本での記者クラブで受賞記念のインタビューがあり、その映像がYoutubeで紹介されていた。記者クラブでの会見は、山登りをしない人たちもいることから、一般的な質問も多かった。その点、専門的な質問やクライミングの技術的な質問はほとんどなく、一般の人でもわかりやすい受け答えになっている。

 山野井さんのインタビューを見て、改めて山野井さんの凄さと人間力に圧倒されたのだが、山野井さんはヒマラヤのギャチュンカンを夫婦で下山中、雪崩にあって視力まで失う事故に遭う。その時、両手の指5本と足の指5本を凍傷で失うのだが、クライマーとして再び活動を始める。そのためには、まず指のない足で鏡を見ながらまっすぐに歩く練習から始め、力の出しにくい手でどうやってクライミングをするか、トレーニングと努力を重ねて克服して行く。そして現在、トップクライマーとして活動しているのである。

 インタビュアーは当然のように、大事故に遭いクライミングを諦めようとしなかったかを尋ねる。それに対して山野井さんは、それまでの活動で、すでに自分の実力が頭打ちになり、これ以上伸びないだろうというところまで来ていた。ところが事故に遭うことで一般人以下の運動能力しかない人間になってしまった。ということは、子供の頃の自分のように、一から登山を始められるのだから、これほどワクワクすることはない、と応えるのである。

 歳を取り、多くのクライマーは垂直から極地探検などの水平の世界へと移行しているが、との質問にも、歳を取れば当然できることは少なくなる。ということは、それだけ挑戦することも増えるのだから、そういう時期になればワクワクするだろうと応える。

 これこそ究極のポジティブ思考である。普通の人なら、今までやって来たことが全然できなくなれば、すべてを失ったと思うのがオチである。ところが人生をリセットし、再び挑戦ができることを喜んでいるのだから、過去は一切気にしないということなのである。

 大リーグで活躍した大谷くんが、肘や膝の手術をした時にも、挑戦することが増えて落ち込んでいる暇がないと話していたが、おそらく僕らのような一般人に欠けているのは、目の前のことだけに集中する力なのだろう。

 さて、そんな山野井さんに、若いクライマーや子供たちにメッセージをというお願いがなされる。と、山野井さんは自分には子供がいないので、何も言うことはないとそっけない。若者にも頑張れとは絶対に言わないし、自分もそんなことを言われたことがないと、質問者泣かせだ。

 と言うのは、命をかけてクライミングに取り組んでいる自分に対して、頑張れと言われても意味がないからである。あるいは、頑張れというひと言が、引き返すタイミングを逃してしまうということだってあるだろう。判断は常に自分がやらなければならないことであって、他人の気安いエールは、判断を誤らせることだってあるかもしれない。

 子供に頑張れとエールを送る親は、もしかしたら子供の逃げ道を塞いでしまっていることだってあるかもしれないなと、インタビューを見ながらそんなことも考えさせられた。 

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瞑想する

2022-01-24 11:09:32 | 12音詩

 「瞑想」をウィキペディアで見てみると、「心を静めて無心になること、何も考えずリラックスすること、心を静めて神に祈ったり、何かに心を集中させること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらすこと」というような説明がしてある。座禅を組んだりヨガをしたりというのは、瞑想のための手段だから、瞑想状態になるにはどういうやり方でもいいということなのだろう。実際、イスラム教やキリスト教、仏教など、それぞれに瞑想のやり方は独自にあるようで、特にこうしなさいという決まった方法はないようである。

 たまたまランニングの前に見ていたネットの記事の中に、ランニング瞑想のやり方などというのがあったので覗いてみたら、あまりに細かくいろいろ指示がしてあって、読むのが面倒になってしまった。やり方のひとつに「自分の足音を数える」というのがあったが、僕は走っていて苦しくなると、百からゼロに向かって数を数えるようにしている。とりあえずゼロまで数えたら休憩しようと思って走っていると、意外に遠くまで走っているので、じゃああと50だけと付け足したりして走るのだ。

 こうして数だけ数えていると、他に何かを考える余地というのはなくなってしまう。数を数えながら、別の空想をするというのは、まるっきりできないのである。こうして1時間も走っていると、普段抱えているストレスというものが、ちっぽけでどうでもいいような気がしてくる。気分が前向きになり、ちょっとだけ自分の自信を取り戻した気になってくる。こういうことがあるので、休日に時間があるのに走らないでいると、かえってストレスが溜まってしまうのである。

 アップルの創始者スティーブ・ジョブズ氏が、禅を生活の糧にしていたことは有名である。禅でなくても、1日に15分でも何も考えない時間を持つのを習慣にしている知識人や有名人は多い。こうすることで頭がクリアになり、しがらみから逃れ、新しいアイデアを得やすくなるからである。

 心理学の世界で「日曜日効果」というのがあって、普段の朝と日曜日の朝は、何ひとつ変哲ない窓から差し込む光でさえ、違って感じるというものがある。人間はしがらみから解放されると、自然と感受性が豊かになる動物なのだ。

 ランニングの途中、水分補給のために立ち止まったときに、周囲を眺めながら一句ひねってみた。

「重機が浚う春の川」
「空を塗りつぶせ カラスよ」

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春間近

2022-01-23 11:36:18 | 福島

 今朝も氷点下なのか、凍りつくような寒さだ。けれども風はなく、雲も少ない。普段は6時には家を出発するテオの散歩も、30分遅く、明るくなってから出かけることにした。

 ケンくん家の前を通りかかると、軽トラックがない。きっと今頃はボール投げをしてもらっているのだろう。そんなことを思いながら歩いていると、丘の上から軽トラックが降りて来た。早くもケンくんがボール投げを終えて帰って来たのだ。テオはすぐにケンくんの軽トラだとわかったようで、軽トラに向かってキャンキャン吠えながら突進しようとする。それに気づいたケンくんの飼い主さんが、道路脇に車を止めてくれる。

 テオはおっちゃんにいつもオヤツをもらっているので、ケンくんに挨拶する前にまずはおっちゃんに飛びつく。人間が怖くて仕方がないテオも、近頃はオヤツをくれる人には自分から飛びつくようになったのである。果たしてこれは進歩なのか。ただのワガママな甘えん坊になっただけなのか。

 風がないので、歩いていると寒さはほとんど感じない。そう言えばニュースでは「大寒」を迎えたと話していた。一番寒い時を超えたということだ。

「大寒の次ってなんだっけ」と僕
「立春じゃなかったっけ」とタミちゃん
「一番寒い時期の次がもう春だっけ」
「多分、一年の始まりが立春から始まるんだよ」
「じゃあ、立春の次は」
「うーん、うーん」と、これでふたりとも頭を抱えてしまった。

 二十四節気は、一年を季節により24に区分している。有名なのは「春分」や「秋分」だろう。あとは「立春」や「立夏」などだろう。こういう時、24を全部スラスラ言えるとカッコいいんだがなあ。

 結局思い出せないまま、家に帰って確かめることにした。

 空には秋のようなうろこ雲が現れている。静かな静かな朝で、いかにも里山の早春といった雰囲気だ。春は着実に近づいている。

 途中、時々すれ違うミニチュアダックス2匹と出会う。テオは早速挨拶するが、いつも2匹からキャンキャン吠えられて大変だ。

 で、家に帰って二十四節気を調べた結果、「大寒」(1月21日頃)の次は「立春」(2月4日頃)で、これが新年一発目だ。次から「雨水」「啓蟄」「春分」「清明」「穀雨」と続く。ここまでが春で、次が「立夏」となり夏になる。

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まさかこんなことになるとは

2022-01-22 11:04:17 | 日記

 朝食を摂りながらテレビを見ていたら、情報バラエティー番組で代替肉のことを話題にしていた。地球上に人間が増えすぎ、食料が足りなくなって来た上に、畜産によって肉を得るという方法が、地球に優しくないという説明をしていた。穀類をそのまま食べるのに比べ、それを家畜に食べさせて肉を得るとなると、そのまま食べるのに比べ数十倍も穀類を必要とする。おまけに、家畜から出るメタンガスが、地球温暖化にも寄与してしまっているから、今以上に畜産を盛んにするわけにも行かない。そこで、大豆を加工して、肉そっくりのものを作ろうというわけである。

 番組で紹介された人は、「地球を終わらせないために」をメッセージに掲げ、温暖化防止と人類の食糧難を解決するため、少しでも関われたらと言う。番組では、素晴らしい取り組みですねとキャスターが持ち上げていたが、ことはそう簡単じゃないんじゃないかと、僕は眉に唾をつけて聞いていた。

 食糧難の問題も、地球温暖化も、喫緊の大問題である。それはなんとか解決しなければならない。が、そもそもどちらの問題も、人類が繁栄するために自らが行って来た行為の結果である。別の言い方をすれば、地球の歴史に逆らう形で、環境を人間の進化に合わせようとした結果である。

 例えば、プラスチックが発明された時、加工が簡単で大量生産ができ、腐らないということから「夢の素材」と呼ばれた。それにより社会は便利さと効率性が尊ばれ、使い捨てという楽ができる世界になった。ところが、腐らないということと、使い捨てができるということが、後の時代にどれほどの負荷を与えただろう。

 原子力発電にしても、石炭や石油に代わるクリーンエネルギーとして期待されて来た。が、クリーンどころか、その扱いのために、必要以上の面倒を抱えることになってしまっているのである。

 戦争にしたって、自分の国を滅ぼそうと思って始める指導者はいない。日本だってドイツだって、国民を窮地から救うために始めたことである。しかしながら、いつだって正反対の結果しか生んで来なかった。

 将来に希望を持つために人類は次から次にテクノロジーの力を借りて現状を打破して来たつもりでいる。が、人間の知恵くらいでは新たな問題を生み出すのが関の山である 「代替肉」は、人類の目の前の危機を回避させるかもしれない。とはいうものの、原材料を粉砕し、化学添加物を加えて成形し、完成させた自然界には存在しなかった食品を、これから人類が大量に摂取することを思うと、そう簡単には夢を託すというわけには行かないのである。そうして市場に出回るようになる加工食品がどうやって作られるか、おそらく企業秘密として公になることはないだろうから。

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春を待ちながら

2022-01-21 11:14:41 | 日記

 朝から雪が降っている。一旦溶けていた道路も、再びうっすらと白くなり始めている。この冬は年末から冷え込みが激しく、雪かきももう何回やったかわらないほどだ。場所によっては菜の花が咲いている地方もあるようで、ニュースでは黄色い花畑の映像が流れていた。東北は連日の雪景色で、そろそろ春が恋しくなって来つつある。

 ネットで注文して取り寄せた西行さんという人は、桜が大好きで桜の歌ばかり詠んでいる。有名なのは、「願わくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃」で、実際に西行さんはその願望を満たして死んだ。そんな西行さんの桜の歌の中で、僕が一番好きなのは、こういう歌だ。「春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸の騒ぐなりけり」。

 ちなみに、平安時代になると、断りなくただ「花」という時には「桜の花」を指し、ただ「桜」という時には、「山桜」を指していた。ソメイヨシノが発明されたのは江戸から明治に時代が変わる頃だったので、昔の日本人はソメイヨシノなんて見たことがないのである。

 春を歌ったものでは、ほかに紀友則のこういう句も大好きだ。「久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらん」 これは百人一首の中でも最も人気のある歌らしい。

 ほかには蕪村の歌で、これを口にするたび僕は平和な気分に包まれる。「春の海ひねもすのたりのたりかな」 早く寒い冬が終わらないかなあ。

 僕らが使う言葉には、2種類あると言われている。ひとつは目的を持ち、何かを伝えるための言葉である。もうひとつは表現のための言葉である。どう違うかと言うと、目的を持っているというのは、例えば「窓を閉めてください」という言葉は、窓を閉めてもらうという目的を持っている。その言葉により誰かが窓を閉めてくれたとしたら、それで目的を遂げ、消えてなくなる言葉である。ほとんどの人間は、こうした言葉を日常口にしている。が、よくよく考えれば、目的を遂げるのに言葉でさえ実は必要ではない。開けっ放しの窓の方を向き、アゴをしゃくって「フン」とやれば、長年連れ添った奥さんは閉めてくれるかもしれないし、「お茶」と言わずに、「おい」と言えばお茶は出てくるかもしれない。

 表現のための言葉というのは、詩や俳句や歌のようにのように、目的を持たない言葉である。「しずこころなく花の散るらん」という言葉を発しても、だからと言って誰も動かない。窓を閉めに行く人もいなければ、お茶を持ってくる人もいない。しかしながら、目的を遂げることがないために永遠に残って行くのもこうした言葉なのである。

 日本文化とか日本人気質とか言うのは、こうした言葉の蓄積が作っている。テクノロジーの進歩は、経済を発展させるだろうが、役目を終えれば消えてしまうということで言えば、用事が終われば消えてなくなる言葉によく似ているのである。

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芸術は難しい

2022-01-20 09:23:18 | 日記

 昨日ブログで良寛について触れた時に、万葉時代の船頭歌も作っていたと書いたところ、コメント欄に「船頭歌は旋頭歌(せどうか)の間違いでは」とのご指摘いただいた。「船頭歌」では、確かにそれでは三橋美智也の歌になってしまうのである。というわけで、ここで訂正をもってお詫び申し上げます。間違っても、よそで自慢げに「良寛さんは船頭歌を作っていたんだよ」という知識はご披露されませんように。

 旋頭歌という言葉は、今ではほとんど知られていないだろうが、「五七七 五七七」の調子で歌われる。良寛さんは万葉集だとか古今集だとか、古い日本の歌を勉強していたので、こうした歌も作っているのである。良寛さんは親しい友人が死んだ時にはこういう旋頭歌を作っている。「この里に行き来の人はさはにあれども さすたけの君しまさねばさびしかりけり」(この里ではたくさんの人が往来しているけれども、君がいないんじゃ寂しいなあ)

 僕が良寛さんに興味を持ったのは、今年から字の練習でも始めようかと、書の入門書を読んだ時に、良寛さんの字をやたらに褒めていたからである。ところが、褒めちぎられた書というのが、こんなものだった。

 えっ、こんなの僕と似たり寄ったりじゃないか、というのが、真っ先に浮かんだ感想だ。が、良寛さんの本を読むと、江戸から偉い先生が良寛さんに会いに新潟まで来て、おまけに良寛さんに影響を受けて似たような字を書き始めるのである。何がそんなにすごいのか。僕にそれがわからないのは、書に関してど素人だからなのだろうか。その辺の疑問を少しでも明らかにしてみたいというのが、僕を良寛さんの本に向かわせているそもそもの始まりである。

 この書はよほど有名なようで、僕の手元にある書の初心者向けのお手本、「図解 楷書入門」という本でも、こう紹介されている。「良寛(1758〜1831)は江戸後期において、すぐれた書を残した一人です。子供の凧に書いたと言われる『天上大風』の四文字は、余人には、真似のできぬ純粋で清らかな線が、しっかりとした構造をもって組み立てられていて、良寛の書の代表的傑作と称すべき書となっています」といった具合なのである。

 どう見ても子供のような字で、それだったら子供の書を褒めればいいじゃないかと思うが、似たような感想を絵の世界に探すとすれば、ピカソについての感想が近いのかもしれない。人はピカソの絵を見ても、どこがうまいのかわからないと言う。こんな子供が描いたような絵のどこがいいんだろうと言う。ところが、実際にはちょっとした殴り書きでも数億円という値がつく。一見子供が描いたように見えるピカソの絵は、誰が真似しても似た絵は描けない。ピカソがペンで引く線は、どの絵を見てもピカソの線だとわかる調子のものである。

 おそらく、良寛さんの字にも、わかる人が見ればわかる良寛さんでしか書けない調子というものがあるのだろう。この書が1万円で売られていたとしたら、「高っ」と思う人は多いだろうが、お宝鑑定団に出れば数千万円から数億円の値がつくだろう。ああ、芸術は難しい。

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つかみどころ

2022-01-19 10:28:20 | 日記

 良寛さんの本を読み始め、いよいよ69歳まで来た。良寛さんが死ぬのは74歳とわかっているので、あと5年分ほど残している。そろそろ読み終えるので、次は何を読もうかと考えた末、親鸞、道元、良寛と来たので、日本の古典をもう少し読むことにして、西行さんの本を注文した。

 西行さんのものでは、すでに「山家集」は若い頃から読んでいるので、歌に関しては知ってはいるが、西行さんがどういう人だったかということについては、何にも知らない。そこで、新書版の薄っぺらい本で、簡単に西行さんの生涯を紹介した本にしたのである。

 良寛さんについては、数ヶ月かかりっきりで読んでいるが、実を言えば良寛さんがどういう人なのか、今ひとつわかってはいない。書は有名だが、能書家というような書だけに秀でた人ということでもないし、坊さんだがどこか由緒正しいお寺の住職だったり、新しい宗派を作ったわけでもないただの乞食坊主なので、坊さんとしての業績は何ひとつない。歌人かと言えば、漢詩も作るし俳句や和歌も作る。万葉集の時代の船頭歌(誤→正 旋頭歌 せどうか)も詠めば、流行の歌謡も作るといった具合で、芭蕉さんのように俳人というわけでもない。なんともつかみどころがない人で、そのことがどうして今の時代までもてはやされる有名人なのか、気になって仕方がないのである。

 つかみどころがない、という言葉は、あまりいい意味では使われない。「つかみどころ」というのは、「そのものの本質や真意を押さえる手がかりとなる点」のことを言うので、つかみどころのない人というのは、得体の知れない人なのである。日本人というのは、どちらかと言えば、ひとつの物事を極めた人のほうを好む傾向がある。良寛さんのような人は、器用貧乏としてあまり重きを置かれない。が、考えようによれば、重きが置かれないということが、良寛さんの持つ軽みにあり、それが人々の尊敬を勝ち取ったのかもしれない。

 で、昨日西行さんの本が届いたのだが、よくよく考えれば、西行さんという人もつかみどころのない人である。武士としての位を捨て、出家はするが坊さんではなく、桜の歌ばかりを詠み、旅に暮らした人である。今の時代なら、和歌を作って歌集でも出してベストセラーにでもなれば食べていけるだろうし、講演会やカルチャーセンターの講師にでもなれば、収入はあるだろう。西行さんの生涯がよくわからないというのは、結局のところ、良寛さん同様、西行さんもなんとも得体の知れない人なのかもしれない。

 今でこそ、作家は本を出し、ミュージシャンは楽曲を売ったりコンサートで収益を上げたりすることができる。が、昔はそういうことを本職にするというのは不可能に近く、世界で最初にプロの小説家になったのは、ドストエフスキーであり、初めてプロの作曲家となったのはベートーベンだったと僕は記憶している。というのも、本人が貴族かあるいは貴族のパトロンを持ち、小説を書いたり芝居を書いているのが普通で、ベートーベン以前は宮廷音楽家として活躍していたのが当たり前だった。ベートベンが宮廷音楽家の職に就けず、楽譜を売って生活したのは、彼が平民の出だったからである。

 そんなことを考えていると、今の時代というのは、ほとんどの人がつかみどころのある生活を送っているんだなあと思う。逆に言えば、その人が何かのきっかけで自分のつかみどころを失くしてしまうと、この世で生きることに関して自信喪失状態になるのかもしれない。「将来、なんになりたい」と聞かれ、「つかみどころのない人になりたい」と答える若者がいたとしたら、周囲の人たちはギョッとするだろうな。

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一夜明けると

2022-01-18 10:41:38 | 福島

 昨日の休日は、午前中は2時間ほどランニングし、午後には1時間テオと近所を散歩して回った。昼食は家で食べたが、体を動かしているのでちっとも寒くない。灯油や電気代が値上がりしていることを思うと、安上がりなレジャーというばかりでなく、家計にもとっても優しい休日の過ごし方なのである。

 積雪で数日にわたってツルツルだった路面も、昨日はほとんど溶けていたので、なんとかランニングにも出ることができたし、テオの散歩ではカメラを首からぶら下げて歩くことができた。

 やっぱり休日はお日様が燦々と降り注ぎ、暖かいのが一番なのである。

 雪の下からは、オオイヌノフグリの青い可憐な花が顔を出していた。ゆっくりだが、少しずつ春が近づいている。そう言えば、昼の長さも冬至の頃に比べると、ほんの少し長くなっている。

 が、こんな天気が続かないのが東北の天気だ。今朝は夜明け前から雪が舞い始め、朝には数センチの積雪になっていた。

 やっと道路から雪が消えたと思っていたのに、また今日から路面はツルツルで、車は滑らないようにチンタラチンタラ走るようになるのである。

 ところで、世の中はコロナウイルスで大変だ大変だと騒々しいが、僕の中では老化だとかボケだとか、そういうことのほうがよほど身近な心配事だ。高齢化社会になり、自分のことは気にならなくても、身近な人たちの老化は放っておけない。

 最近の研究では、体や脳の老化というのは、数値に現れるよりずっと早くやって来るという。逆の言い方をすれば、数値に現れた時には、かなりの割合で老化が進行しているとも言えるのである。

 老化の予兆として問題となるのは、「意欲の低下」だと言う。新しいことを始めるのが面倒になったり、今までやって来たことが億劫になるのは、老化の前触れである。知らない土地に出かけることや、知らない人たちと積極的に関わりたくないのは、脳みそが動きたがらなくなっているのである。

 「意欲の低下」は、感情が乏しくなることから起こる。新しい音楽や映画や小説が面白くなくなり、昔からの馴染みのものばかりに目が向くようになる。そうしたことが意欲の低下を生み、何事も億劫になり、体や脳みその老化へと繋がるということのようだ。

 それを防ぐにはどうすればいいかと言えば、「好奇心」を失わないようにせよとのことだが、こんなことは言われなくてもわかっている。そもそも人間は長い間自然の中で生きていた。身の回りに潜む危険をいち早く察知するためには、常に周囲にアンテナを張っておかなければならなかった。ところが、現代社会は安全安心が当たり前になり、自分のことだけに没頭していても、危険に晒されることは少ない。そう考えれば、大昔の人間には認知症はなかったのかもしれない。

 近頃は、「好奇の目」と言えば、色眼鏡で見ることを指すようになり、あまりいい意味では使われない。老化を防ぐために「好奇心」を持って生活するというのは、意外と至難の技かもしれない。

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ちょっとした特典

2022-01-17 12:10:15 | 日記

 今日は休日なので、朝飯を食べた後はランニングに出る準備をする。ただ、いそいそと浮き足立って準備をするというよりも、毎回重たい腰を上げ、自分に軽く鞭打ちながら体を動かすという方が実態に近い。

 特に今日のように寒い日は、重たい腰に根が生えたようになる。所々凍った路面や、刺すような冷たい風を想像するだけで、意欲が萎えてしまう。もし今、目の前にお医者さんがいて、体を動かさない方がいいでしょうとでも言ってくれれば、喜んでコタツで丸くなっているだろう。が、残念ながら、僕の身近に安静を勧めるお医者さんもいないので、ダラダラと着替えて家を出る。

 このちょっとした葛藤は毎度のことで、ランニングに出る際にはいつも軽いストレスを感じている。それでも走り出してしまえば、ストレスも吹き飛び、必ず思い切って出かけて来た自分に満足することがわかっているので、とにかく出発するまでの我慢だと自分に言い聞かせている。ストレスを感じながらランニングに出かけるよりも、ストレスに負けてランニングを取りやめてしまった時の方が、百倍も自分自身にウンザリすることがわかっているのである。

 バカみたいに寒くったって、30分も走れば汗が吹き出す。寒さも気にならなくなり、帽子も目深にかぶったフードも邪魔になる。車とすれ違う時には、寒そうに背中を丸めてハンドルを握っているドライバーにちょっとだけ優越感を感じたりする。

 ひと息入れるために、足を止め、持参したペットボトル水を飲む。立ち止まり空を見上げると、雪を孕んだ分厚い雲の切れ間から、太陽の光線がハシゴのように伸びている様子が見て取れる。ピーと鳴いて、トンビが冬空を転回している。こんな寒い日に、河原の土手に立ち、辺りの風景をのんびり眺めているなんて人間は、僕ひとりなのである。なんだか、この美しい光景を、僕だけが独り占めしているということが、物凄い特典のような気がして来る。

 阿武隈川の土手は、水しぶきが氷の飛沫となり、土手をキラキラと輝かせている。川の水は凍ることなく、ざあざあと勢いよく流れて行く。川が蛇行し、ゆっくりと流れているトロ場では、白鳥の群れが優雅に泳いでいる。

 なんのためにランニングしているんですかと聞かれたら、健康のためとか早く走れるようになりたいとか言う前に、普段じっくりと見ることがない世界に対して、目を向ける特典を得たいためだと答えたい。

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犬友だち

2022-01-16 11:47:08 | 12音詩

 ここ二、三日、猛烈な風が吹き荒れ、我が家のテラスや洗濯物干し場の屋根の波板が飛んで行ってしまうんじゃないかと、夜通しヒヤヒヤしていた。幸い、木々の細い枝を吹き飛ばした程度で、風は今日には収まったが、体感気温が低かったせいか、お日様が顔を出しても道路の凍結はあちこちそのまま残っている。

 昨日の朝、ツルツル滑る路面に注意しながら、いつもの散歩コースをゆっくりと歩いた。足元が悪いので、普段は朝のウオーキングをする人たちの姿もなく、車の通りもほとんどなかった。丘の上まで登ると、向こうの方で黒い影がうろうろしているのが見えた。一瞬クマか猪かと思ったが、首の周りが白いところを見ると、どうやらテオの犬友だちのケンくんのようだ。

 ケンくんとはここ数年、毎朝早い時間に墓地の空き地で一緒にボール遊びをしていたのだが、ある時隣の広場に「リードを外して犬を散歩させないでください」の立て札が立てられたので、それ以来ボール遊びは取り止め、テオは以前のようにただ歩くだけの散歩になっていた。ケンくんの方は墓地からまだ軽トラで少し走った先の、民家が一軒もない丘の上の畑まで連れて行かれ、そこでボール遊びをしてもらっていた。

 それが昨日はボール遊びに飽きたのか、ケンくんはひとりでフラフラと道路に出てきて道草を食っていたのである。それがちょうど丘の上に来た僕らの目に止まったのだ。距離にすれば数百メートルはあるものの、テオがケンくんの姿に気づくとキャンキャンとうるさく吠え、それに反応したケンくんがこっちまで走ってくるのがわかっているので、テオには気づかれないように、ケンくんのいる場所に近づくことにした。

 と、軽トラがケンくんの近くで止まり、ケンくんを荷台のケージに収容するところが見えた。そこで初めてテオに「ほら、ケンくんが来るよ」と軽トラの方を指差すと、テオはたちまち誰の軽トラかわかったようで、キャンキャンと甲高い叫び声をあげて大暴れする。その姿を見て、運転するケンくんの飼い主のおっちゃんは笑いが止まらない。久しぶりの再会に人間も犬たちも大喜びなのである。

 そして今朝は、ケンくんたちのボール遊びが早かったのか、僕らが丘の上まで来たところで、向こうから軽トラが戻って来るのが見えた。で、テオは相変わらずキャンキャンと吠え、人間たちはニコニコし、しばらく犬たちをその場で遊ばせてから別れた。

 愛護センターからやって来た当時は、とにかく人間恐怖症で臆病で神経質で、ちっとも人間の近くに寄ってこようとしなかったテオだが、3歳になりずいぶん性格も変わって来たように思う。犬に対してさえこんなに気を揉むのだから、自分の子供を育てるというのは本当に大変なことなんだろうなと、子供を持たない僕は信じられない思いになるのである。

 ついでなので、最近の句をふたつ書いておく。

 雪や ツグミの声を聞く
 ゴロゴロとふところの猫

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