棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

五右衛門風呂

2008-06-24 16:44:20 | 山郷の暮し
私がこの山里の農家に移り住み、ところどころ手を入れてきましたが、とてもそのままでは使えそうもないのが風呂場です。
作り直すよりも、別なところにUBを据えたほうが安上がりだったので、その風呂場は物置に変わってしまいました。
先日、その風呂場物置をかたずけているうちに「五右衛門風呂っていまわないよなー」と思うと、どうしてもそこに入浴したくなってしまった。
そうなると、全ての行為はそのこと一点になってしまうのはまいどのこと。
かたずけなどそっちのけで、20年放置された風呂場を、ともかく火が燃やせ、入浴できるる状態にするのに丸一日がかり。ただそれだけ。
浴槽のひび割れはシリコンを充填し、応急処置。使えないことはない。
そして昨日、雨降る中を、バカダ・チョンダといわれても、五右衛門風呂を焚く。

この五右衛門風呂は戦後のもので、80CM角くらいのタイル張り。
当時としては斬新な風呂だったのだろう。いわゆる「文化風呂」
次いでだが文化の標章はニューモデルの代名詞で、竈があり、文化包丁は今でも生きた言葉だ。

もっと以前はでっかいお釜のような風呂で、石川五右衛門の釜茹での刑からの名前なのでしょう。
すのこの間から、暑い湯が立ち上がり、直接釜に触れると「アアアッッッツ」となる。
五右衛門風呂の話で有名なのが、十返舎一九の東海道中膝栗毛。
浮いている蓋を押ししずめ、敷いて入ることを知らない弥次・北(江戸では違うようだ)。直接入浴したからサー大変。
それではと、下駄をはいての馬鹿騒ぎで、とうとお風呂釜を踏み抜いてしまった。
宿屋に修理代として大枚2朱を払って、勘弁してもらったとかかれています。

一途な思いで炊いた五右衛門風呂は、さすが文化で、そのようなことはなかったが、熱湯がふわーーんふわーーんとたち上ってくる。
「天国・天国。酒でも飲むカー」と、素っ裸で薪をくべに行き、湯につかり一杯「てんごく。てんごく」
給湯式の現代のお風呂にはない「沸かすお湯」のたのしみがあった。

この風呂場も取り壊すことになりました。さらば「にわか文化」よ・・・。



梅雨--オレが見ても雑草畑だ

2008-06-23 18:35:51 | 山郷の暮し
降り続いた雨も夕刻になってようやく上がってくれそうです。
西空の雨雲が、白光色に輝いてきました。
我が家の花畑は、他人から見れば「雑草畑」と言われますが、
そぼ降る雨に、草はぐんぐん伸び、私が見ても「雑草畑」になってしまいました。

適当に蒔いた花の種も、お日様が通らないと発芽しきれずに、消えてしまった。
草刈機を借りて、一気にと思ったが、それでも草薮の中に、ヒョロヒョロとひまわりやダリヤ・グラジオウラス・タチアオイが潜んでいる。
切れない鎌で引っこ抜くように草を刈る。
ゴルフ玉大のジャガイモがころころでてくる。
おや、花かなと思いきや、真っ赤な苺が一つ。
甘酸っぱく「ウーーン。旨い!」

正式な名前は知りませんが、勝手になずけた黄金柱華毛に包まれた分厚い葉が重なり、真ん中が柱状に伸び、黄色の小さな花がびっしり咲く。
花の美しさというより、存在感の在る姿がいい。
まだ中心柱は伸びていないが、すでに葉の茂みは直径1Mはある。
大好きな花なんです。

理想の農業を目指して

2008-06-23 15:00:38 | 山郷の暮し
無農薬営農に目覚め、脱サラ、Uターンし、家督を継ぎ10年の知人が、野菜を持ってきてくれた。
まだまだ、手探りの状態らしいが、耕作法の問題よりも、最大の悩みは身内にあった。
無農薬を基本とすると、年寄りたちの「「化学肥料・農協依存と相反してしまったのです。
畑をはいつくばるように野良仕事をしてきた昔人にとって、化学物質は一気に重労働を癒してくれた。
「ありがテー物ができたもんだ。農協の言うこときいてイリャー、まちげーネー」
と、農協は神様のお告げ的な信じ様に、がくぜんとしたと語った。

雑草と仲良く栽培する農法に取り組めば
「畑に雑草なんてミグセー」と、綺麗にされてしまった。
そして、除草剤を撒き散らす。年寄りにいくら説明しても他人の目がきになる。
知らぬ間に、農薬をまかれてしまっていたり・・・。
農薬類を処理すれば、農協へ電話一本でたちまち『農薬」がとどけられ、がっくりしてしまったと語る。
彼のところが特別でもなく、新しきことに挑戦する者にとって、以前からの思い込みによる者との軋轢は、どこにでもあるようだ。

無農薬でりんご栽培をしたところ、周囲から『害虫が発生するからやめてくれ」と
結局、りんごの木は、切ってしまったという。

私は農業についてはまったくの素人ですが、科学が発展している中で、農業ほど気候に支配され、結果的に身動きが取れないでいる産業だ。
その上に政治的なおもわくにホンロウされてもいる。
こんなたいせつな分野がどうも閉鎖的で、政治家・官僚そして農家にお任せにしていまいかと感じた。
ただ今、様々な要因で農に関心が集まり、消費者がチェックする機運はいいことだ。
聞いていて内容はまったく違いますが、宮沢賢治が農業指導員として、頑張っていたことを思い出す。

我がズクナシ雑草畑は、形・サイズは売り物と比べようもないが、トゲトゲのある小さく曲がったきゅうり、産毛が輝くトマトはウマイ!
もうじきできるんネ。

注 ズクナシ-やる気がない・その気がない、など便利な松本平の方言

ゴッホの麦畑

2008-06-22 18:02:02 | エッセイ・随筆
昨夜からよく降っております。
「樹木が露の重みで散歩道をとうせんぼ、している」と賢犬サクラにいいきかせ、寝ております。雨の日は良く寝れますねー。

我が家から車で10ほど行ったところに、もはや郊外といえない新興住宅地に侵略されつつある、農作地域があります。
ただ今、麦畑が一面に広がり、ホンワカとした香りが漂っています。
ジョキング・犬の散歩の方々においきあいしますが、日中はやけに太陽の光がまぶしくかんじられます。
それでいて、静けさがあり、稲田とは違っているのです。

麦畑といいますと、連想するのがゴッホの作品でしょうか。
ゴッホといえば激しい筆使いと、色彩を思い浮かぶと思いますが、彩色のない素描に画家の本質が読めます。
「糸杉と麦畑」の素描は、葦ペンを使い分けています。、
しなやかな線描は光が渦巻き、揺れ動いているのですが、不思議な静けさ、静謐さが漂っています。

画中に作者ゴッホがいて、こちらにスーと移り座し、再び画中に・・・。
過去・現在・未来を越えた気の流れをかんじます。

浮世絵版画がヨーロッパの画家に衝撃を与えたことは、どなたもご存知でしょうが、とりわけゴッホはおおきかった。
色彩のゴッホといわれてしまいますが、素描を見ると生真面目で透徹した自然観は、水墨画の名作を観るような、同質の自然観と次元を感じます。

麦秋の広がりを眼前にしても、ゴッホのような抽象的な世界まで、創造できません。
せめて、思いをヨーロッパに馳せても、残念ながらヨーロッパのきらめく麦畑の広がりを見ていないのです。

四季の道

2008-06-21 11:03:01 | 山郷の暮し
お隣の老夫婦はとってもゆったりとした暮らしをしていて、なにかとお世話になっております。
ご主人は現在、一日おきに透析を受けておりますが、スポーツマンで最近までゴルフをしておりました。
奥さんは無類の花好きで、長い自宅への道は様々な花に覆われております。
我が家への来客も、この小道(四季の道)を使わせていただいております。
坂道を2分ほど歩くことになりますが、四季の花にいざなわれ、我が家の雑草花畑に。

我が家の賢犬サクラは、お隣から下の家一帯がホームグラウンド。かなりの範囲を自由に行動しています。
私には無視しても、ご近所の方が帰宅すると出迎えに行きます。

ざくろの花

2008-06-21 10:55:13 | 山郷の暮し
直径5CM以上はあります。
アップで見るとまるで牡丹かシャクヤクの花のようですネ。
10月には食べられるようになり、プチュプチュとした歯ごたえの、甘酸っぱさがなんともいえません。
また、ヨーロッパの静物画によく描かれており、魅力ある形をしている実です。
たぶん、寓話的な意味も含んでいるのでしょうか。

雑草の道

2008-06-19 16:43:52 | 山郷の暮し
山裾の散歩コースは、雑草を掻き分けての道になってしまいました。
多分イネ科の植物でしょうが、分け入れば今花粉が煙のごとく舞い上がり、衣類などが白くなってしまいます。
さすがの賢犬サクラもニガテだとみえ、ときどきくしゃみをしています。
草刈機で30分ほどで、コースの雑草は処理できるのですが、これがナカナカ。
言い訳はいくらでもできるものです。

45-森へ帰ろうⅡ-らすと

2008-06-18 17:02:16 | 大人の童話
長い間、ご愛読ありがとうございました。
すこし、尻切れトンボかなーと思いますが、新たな物語をお送りしたいと思います。

この物語は「森へ帰ろう1--金の星社」をベースに、インドネシア・カリマンタン島での現実のことです。
日本の木材輸入商社が直接または間接的にしろ、私たちに木材やパルプを供給してくれています。
決して私たちも自然破壊を見逃してきたわけでなく、進んで一人一人が意識の改革をしてきたし、より多くの人が参加してゆくものと確信しています。
世界の経済・産業構造が大変革をもたらし、今日躍進を続ける国々の人たちの意識改革が必要になってきています。

わずか20年前は、日本が世界の森を破壊している元凶だといわれました。
一気に輸入材に関心が向き、様々な制度ができました。
現在、熱帯雨林の消失の問題よりも、CO2で大騒ぎ。
まったく同じ時点だと思いますが、森の保全がCO2の金銭取引になってしまうのでは・・。
それも、森の保護にはなっていくのですが・・・・。

梅雨の合間の、濃い緑一色の風景に、旱魃で身も心も苦んでいる方々に、見せることができたらと、しみじみ思います。
日本人は、この木々のみどりに包まれた小宇宙に生まれた、世界でも珍しい環境に育った民族だと思います。
今までの文明の発展が、自然破壊をベースにしてきたわけですが、これから私たち日本人の感性が、地球に役立ってくると確信しております。

オッ月様を見て

2008-06-17 21:02:57 | チョット一言
満月の一夜前でしょうか。雲が刷毛を引いたように描かれた夜空に、ポカーーンとあります。
私のところでは、足元から闇というよりも、地のエネルギーが凝縮したごとき、カタマリが重なっています。
その上に、花札のごとき月があります。

都会では、切り立つヒマラヤのクレパスのような、ビルの谷間に見えるかもしれませんね。
海では、水面に銀色の滑走路が、月世界にいざなってくれているのでしょうか。

この月を、真ん丸い地球のいたるところで、同じ姿を見ることができるのです。
理屈ぬきで、不思議だと思い、あーーー生きているって素晴らしい、と思いましょう。

ぼうふら

2008-06-17 18:02:32 | 山郷の暮し
カンズメの空き缶・ばけつ・竹の切り株、そして水槽。
あらゆる水溜りに「ぼうふら」が湧く。
そいつを「茶漉し」で採る。
くねくねと、水底に逃げていく。結構面白いが・・・。
?? 馬鹿ジャーネー、とお思いになりますネ。

その訳は私のかわいいペット
いもりチャンの餌に最高。
水槽にボウフラを放つと、意外なほどに早い動きでパクッ!。
歯はなさそうで、なんでも吸い込むようにパクッ
仲間の足やお手手にくいつが、大した問題にはなりそうもない。
彼らが満腹するほど気長にぼうふらを採れないが、普段の餌は亀の乾燥みみずです。

ryusun

つぶやき

絵本と無縁になった大人に

子供たちに向けたというより、内なるものを呼び覚ます大人への絵本