いつ見ても抑揚に欠ける言論、覇気の無いあの態度…
何処で演説しても、必ずやメモ丸読み…
年齢故に仕方が無い部分もあるかと少し甘く評価しようとて、取り付く島もない程にそれらの言動をひたすら変えようともせず…
この“コロナ禍”最悪事態に於いて尚、首相として何らの有意義な提案も新たな発表も無いばかりか、せめて国家を背負って立つリーダーの立場から国民に呼びかけをせんとのパフォーマンス能力すらなさそうで…
元々リーダーシップ力に欠けているのを何とか演技力でカバーする等の努力を少しはすればよいものを、国民の面前で平然とあの抑揚の無さを繰替えす図太さ…
以上、日常感じている原左都子の菅首相に対する感覚を述べさせていただいたが。
冒頭表題に戻るが、要するに菅首相の本音とはそういうことなのであろう。
“誰が首相でもコロナ禍の現状は変わらない”と本気で思っているのだろう。
それは違う! と私は反論したい!!
リーダーの力量や勇気とは必ずや組織を変革するものだ。
私事になるが、この私も過去に医学民間企業でのリーダー経験がある。 一番多い時で十数名の部下を統率した。
その際に私がモットーとしたこととは、“決断力”、“意思決定力”、要するに“揺るぎの無いリーダーシップ力” だったと振り返る。
何分若き女性上司の立場だった。 年上男性の部下も抱える中、若気の至りもあった事は認めるが、とにかく“弱さ”を表面化したくなかった。
そのためには、たとえ演技でも私はリーダーであるべきと志したのだ。 さすがに年上男性達はその我が幼稚な思考を尊重してくれたものだ。 実に有り難かったし、すっかり助けて頂いた。
一方、一人の年下女性社員より反発を食らった事もある。 「貴方のやり方は独裁だ。」と直言して来られた事件があった。 それに対し私は「企業組織とは学校等とは異なり営利団体であり、営業実績を上げねばならない使命を背負っている。 学校のごとく“仲良しグループ”では上手くいかないことも理解して欲しい。」との持論で対抗したものだ。
話題を変えよう。
朝日新聞本日2020.01.24付”社説”のテーマの一つは、「コロナ対策 衆知結集 首相が先頭に」だった。
以下に、要約引用しよう。
従来の説明を繰り返す素っ気ない答弁からは、国民のいのちと暮らしを守る覚悟も熱意も伝わってこない。 菅首相は野党の意見や提案にも耳を傾け、党派を超えてコロナ禍に立ち向かう政治の先頭に立つべきだ。
首相の施政方針演説に対する代表質問が終わった。
立憲民主党党首枝野幸男氏はまず、「Go to トラベル」の停止や緊急事態の再宣言が後手に回ったとして、「判断の遅れを認め、反省することから始めるべきだ」と迫った。
首相は淡々と「感染状況を注視しつつ、専門家の意見も伺いながら判断を行ってきた」と応じた。 政府の対応に国民の厳しい視線が注がれているというのに、何ら問題はなかったと言わんばかりだ。 感染の急拡大を招いた分析も反省もなしに、これから打ち出す対策や言葉に説得力が生まれようか。 (中略)
「Go To」は止めない、緊急事態宣言は避ける…。 一度決めた方針に固執する菅政権の姿勢が、臨機応変な対応を拒んできたのではないか。 安倍政権から続く国民感覚とのズレも、強権的な政治に傾き、多様な民意を丁寧にすくい取る柔軟さを失った結果に違いない。 (中略)
政府が閣議決定した特措法や感染症法などの改正案には、罰則の導入をはじめ疑問点が尽きない。
(以下略すが、本日朝日新聞「社説」より一部を要約引用したもの。)
私見に入ろう。
まったく朝日新聞「社説」のおっしゃるとおりだ。
特に私が驚き果てたのは、最後の部分の医療機関に対する「罰則の導入」の部分だ。
先だってこれに関するニュース報道を耳にした時にも、医療機関がコロナ患者の受入れを拒否した際にも菅政権の意向とはこの「罰則」を適用するとのことだった。
感染者急拡大で逼迫して尚最大限の努力を課せられている医療機関に対して、今この時に「罰則」とは何事か!と我が耳を疑ったものだ。
菅首相は「感染状況を注視しつつ、専門家の意見も伺いながら判断を行ってきた」と平然と言うが、その専門家とは政府の御用機関や御用人ばかりであるのが実態ではないのか!? 自らの努力で専門家筋開拓・選択を成すでも無く、いつまでも二階氏に頭が上がらず、いつもいつもお抱え医学御用人にばかり判断を仰ぐしか能が無いように私は観察しているのだが、間違っているだろうか。
まさにコロナ禍が急拡大中の今こそ、菅首相がその打破に向けて国家・国民の先頭に立つべきだ!
せめてパフォーマンス面だけでも少しはその勇気を出してはどうなのか、とこの私ですら言いたくもなる。😠