水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

涙のユーモア短編集 (76)泣いて…

2023年10月29日 00時00分00秒 | #小説

 泣いて馬謖(ばしょく)を斬る・・という故事が中国にはある。斬りたくはないのだけれど、やむを得ず涙して斬る・・という辛(つら)い決断を意味する。今日はそんな泣いて…涙するお話です。^^
 とある物流会社、豚足(とんそく)物産である。会社の業績が前年度より半減し、会社は経営規模を縮小し、多くの事業からの撤退を余儀なくされていた。
「会社の方針で君には誠に申し訳ないんだが、早期退職をしてもらうことになってね…」
 課長の山羊岡(やぎおか)は社員の牛田(うしだ)に言い辛(づら)そうに小声で告げた。
「分かりました…」
 牛田は頷(うなず)くと、言い返しもせず素直に自席のデスクへと戻った。会社が飛ぶ鳥を落とす勢いの頃は稼ぎ頭(がしら)と呼ばれた牛田だったが、斜陽の会社ではその実力を発揮できなくなっていたのである。山羊岡は牛田の後ろ姿に、泣いて…涙した。その数分後、山羊岡のデスク上のインターホンが鳴った。部長の馬坂(うまさか)からだった。山羊岡は部長室へ向かった。
「会社の方針で君には誠に申し訳ないんだが、早期退職をしてもらうことになってね…」
 部長の馬坂は課長の山羊岡に言い辛そうに小声で告げた。
「分かりました…」
 山羊岡は頷くと、言い返しもせず素直に部長室から出ていった。会社が飛ぶ鳥を落とす勢いの頃は出世頭と呼ばれた山羊岡だったが、斜陽の会社ではその実力を発揮できなくなっていたのである。馬坂は部長室を出ていく山羊岡の後ろ姿に、泣いて…涙した。その数分後、馬坂のデスク上のインターホンが鳴った。専務の鹿尾(しかお)からだった。馬坂は専務室へと向かった。
「会社の方針で君には誠に申し訳ないんだが、早期退職をしてもらうことになってね…」
 専務の鹿尾は部長の馬坂に言い辛そうに小声で告げた。
「分かりました…」
 馬坂は頷くと、言い返しもせず素直に専務室から出ていった。会社が飛ぶ鳥を落とす勢いの頃は経営の神様と呼ばれた馬坂だったが、斜陽の会社ではその実力を発揮できなくなっていたのである。鹿尾は専務室を出ていく馬坂の後ろ姿に、泣いて…涙した。その数分後、鹿尾のデスク上のインターホンが鳴った。社長の鳥目(とりめ)からだった。鹿尾は社長室へと向かった。
「君には誠に申し訳ないんだが、我が社が会社更生法の適用を受けることになってね…」
 社長の鳥目は専務の鹿尾に言い辛そうに小声で告げた。
 結局、豚足物産の全員が、泣いて…涙することになったのである。
 世の中とは、そんな世知辛(せちがら)いものなのです。^^

                   完


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