水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第91話] 座談会

2016年02月26日 00時00分00秒 | #小説

 今日は日曜の朝である。答動(とうどう)久男は肉を入れてスキ焼の下準備を始めていた。答動は世間の既成概念の打破に燃える男で、朝からスキ焼き・・というのもその一つだった。世間の一般常識では、家族を囲んで夕飯に・・だからだ。答動家ではその常識が通用しなかった。妻の夏美も三人の子供達も、答動の理路整然(りろせいぜん)とした方針に感化され、今では完全に諦(あきら)めていた。日曜の朝はスキ焼きのブランチ[朝食と昼食を兼ねた食事]というのが答動家の相場となっていた。
 割り下は作り置きがあったから問題はなく、答動はいつもの手順で楽しみながら準備をしていた。当然、鼻歌なども出て、気分は上々だった。ふと、外の庭を見れば、植えられた庭木の梢(こずえ)に雀(すずめ)の群れが舞い下りるのが見えた。まあそんなことはよくあることで、さして気にも留めず答動は準備を進めた。準備は答動の専売特許で、いい匂いがしてグツグツといい塩梅(あんばい)に出来上る頃になると、夏美と子供達が現れるというパターンが定着していた。だから、「おい! できたぞっ!」と、声をかける必要など、まったくなかった。
 焼豆腐、葱、肉、白滝などの具材をそれぞれ皿に盛って、答動はテレビのリモコンを押した。画面には政治座談会の熱弁合戦の様子が映し出されていた。一人の識者が意見を話し始めたとき庭の雀がチチチ…と囀(さえず)った。そして、意見が終わると雀の囀りは止まった。まっ! そんな偶然もあるさ…と答動は気にも止めず、具材の皿を茶の間の長椅子へと運んだ。運ぶ途中ですでにテレビはリモコンを押して切っていた。長椅子の上にはガスコンロが置かれており、その上には鍋が乗っている。答動は小型ガスボンベを捻(ひね)ってコンロに火を点(つ)け、テレビのリモコンを押した。その途端、ふたたび政治座談会が映し出された。テレビの観る場を変えたのだ。当然、識者達と司会者が映り、熱弁が聴こえてきた。それに合わせるかのように、庭がチチチ…チチチチ…と賑(にぎ)やかになった。賑やかなことだな・・雀達も座談会か…と、答動が思ったとき、夏美や子供達が現れた。まだまだ賑やかな座談会になるな…と答動は、また思った。

             THE END


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