生物には寄生と共生がある。もちろん、どちらにも属さずに生きる生物もいる。だが、広い意味で、生物は単独では生きられない。目には見えない形で、他の生物の何らかの恩恵に浴して生きているのである。このことを忘れると、この男、池飼(いけがい)鮒夫(ふなお)のようなことになってしまう。
「はい! 時間1,500円を頂戴しとります…。はい! 追加料金は30分で500円ですが…はい! もちろん、道具レンタル料はサービスさせていただいております。はい! コミということで…はい! どうぞ、ご贔屓(ひいき)に。お待ち申しております」
朝から問い合わせの電話がかかってきて、応対した池飼は、ほっとして電話を切った。店の規模を少し大きくしてから、この手の電話が頻繁(ひんぱん)にかかるようになり池飼は少し疲れ気味だった。だが今日からは、新しい従業員を3名、雇(やと)ったから楽が出来る…と思えば疲れも取れた。事実、その日から池飼は楽になった。苦労してここまで店を大きくしたんだから、当然のことだ…と池飼は考えた。すべては俺の優(すぐ)れた経営力だ…とも思った。
五年が経ち、店は大いに繁盛していた。それにともない、利益も当然ながら増えた。
「あの…もう少し、頂戴できないですかね」
月極(つきぎめ)の給料日、一人の従業員が遠慮ぎみにそう言った。三人に給料袋と明細を渡したあとだった。明細には¥122,400の給料額が印字されていた。現金支払いに拘(こだわ)る池飼は、時代おくれながらキャッシュで紙幣と貨幣を袋渡ししていた。
「嫌なら、辞めてもらって結構だ!」
苦労人、池飼の上手(じょうず)の手から水が零(こぼ)れた。池飼の心は緩(ゆる)んでいた。自分の力を過信するようになっていたのだ。従業員など、また雇えばいい…と無意識で思った心が、そう言わせていた。
「そうですか…。それじゃ、今月いっぱいで。長い間、お世話になりました」
ペコリと頭を下げたのは一人だけではなかった。翌月、三人が辞めた池飼釣堀店は営業できなくなり、店を閉ざした。池飼と三人の従業員は共生関係だったのである。池飼は、すっかりそのことを忘れていた。
「よろしく、お願いします!」
「ああ、そんなには出せんが、まあ頑張ってくれ!」
「はいっ!」
半年後、池飼は辞めた三人が立ち上げた店で従業員として働いていた。
THE END