水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア短編集 [第11話] 順調

2015年12月08日 00時00分00秒 | #小説

 なにごとも、順調にいく・・としたものではない。明日から久しぶりに土曜、日曜と休めることになった塚平収一は、ウキウキ気分で過ごし方をアレコレと考えていた。まるで遠足に行く前の日の小学生だな…と一瞬、浮かんだ塚平は、すぐに反省すると緩(ゆる)んだ顔を、引き締めた。それを見ていた妻の雅代は、おかしい人ね…という怪訝(けげん)な顔つきで取り入れた洗濯ものを畳みながら見ていた。塚平の発想では、まず朝一で軽いジョギングをし、朝食とする。こうすることで、美味(おい)しく朝食がいただける…という寸法だ。続いて朝食が済むと、楽しみにしていた模型のプラモデルをおもちゃ屋へ買いに行くことだった。で、当然、その後は買った模型の組み立て作業となる。塚平の目論見(もくろみ)では、まあ日曜もあることだから、明日の夕方までには作業は終わり、格好がつくだろう…というものだった。ところが、世の中そう甘くない・・と言えば少しオーバーだが、コトはとんでもないところで脱線してしまった。
 土曜の朝、塚平は紙にメモした計画どおり、コトを始めた。まず、軽いジョギングを・・と、塚平は勇んで家を飛び出した。そして、軽く走り込んで朝食となった。予想どおり、朝食は美味しく、塚平は、よしよし…とニンマリした。その顔を雅代は見ながら、最近、よく笑うわね、この人…と認知症を心配した。まあ、そんな些細(ささい)なことを気にする塚平ではない。
「ちょっと、出てくる!」
 いつも読む新聞にも手をつけず、塚平はおもちゃ屋を目ざした。
「気をつけてね…」
 何も聞かされていない雅代は、心配そうな顔で塚平を送りだした。まあ、この辺りまでは順調にコトは推移し、上々の出だしだった。
 おもちゃ屋に入ってすぐ、塚平は店の主人に言った。
「この前、ここにあったプラモデルなんですが…」
「ああ、アレね。アレは売れました…」
「売れた…」
 主人の言葉に塚平は唖然(あぜん)とした。だが、売れてしまったものは仕方がない。順調に進んでいた塚平の計画は、この瞬間、頓挫(とんざ)した。前もって、『あの…コレ、取っておいて下さい。土曜に買いに来ますので…』と、欲しいと思ったあの日に注文するという保険をかけておけばよかったのだ。だが、今となってはあとの祭りである。大幅に今日、明日の計画を見直さねばならなかった。しかし、このまま諦(あきら)めるのも…と塚平は悔(くや)しくなった。塚平は別のおもちゃ屋を目ざした。すると、神の御加護(ごかご)か仏の御手(みて)か、その何げなく入ったおもちゃ屋に欲しかったプラモデルが偶然(ぐうぜん)、陳列(ちんれつ)されていた。この瞬間、塚平の計画は順調さを取り戻(もど)した。塚平はそのプラモデルを急いで買うと、家へと一目散に走った。これが、いけなかった。塚平は転んで足を捻挫(ねんざ)してしまった。足を引きずり、ようやく家へと辿(たど)り着いた塚平は、『認知症じゃなく、よかったわ…』と微笑(ほほえ)んで運転する雅代の車で病院へ行く破目となった。助手席に乗る塚平が思い描いたコトは、ふたたび順調にいかなくなったのである。
 治療を終え帰宅した塚平は、やれやれ…と諦めの溜め息をついた。そのとき、雅代が口を開いた。
「お医者さまがね、大事を取って二日ほど休みなさいって…」
 月曜も休めることになったのである。こうなれば、ゆっくりと計画を進めることが出来る。塚平の計画は、またまた順調さを取り戻(もど)した。

                     THE END


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