三日前に降ったのだから、もう一度くらい降るだろうが、ここしばらくは降らないだろう…と山並は軽く思っていた。だが、その考えは甘く、朝起きたとき、雪はまた降り積もっていた。
「なんだ! またかよ…」
静かな佇(たたず)まいの雪景色は好きだが、また疲れるか…という雪 掻(か)きをする自分の姿がふと、頭を過(よぎ)り、山並の口からため息が洩(も)れた。まあ、そんなことを思っても仕方がないか…と思いなおし、山並はふたたび深いため息を吐(つ)きながら、とりあえずベッドを出た。
それからの小一時間は山並にとって重かった。だが、身体が勝手に動き、いつの間にか山並は雪掻きを終えていた。ふと、腕を見ると、もう昼近くになっていた。山並が、やれやれ…と家の中へ入ろうとしたとき、天から声がした。
『疲れさせて、すみません…。でも、私も仕事なんですよね。降らせなさい! と上から命じられれば降らさねばなりません』
山並は雪空を見上げ、耳を澄ませながら見回した。しかし、どこにもその姿は見えない。気のせいか…と山並は視線を地面へ落とした。
『ははは…私は見えませんよ!』
「あの…僕に何か用ですか?」
山並は声を探しながら雪空に訊(たず)ねた。
『いえ、そういう訳でもないんですが、少し時間が出来たもんで、声をかけたまでです』
「上って、誰ですか?」
『空を支配されておられる崇高(すうこう)な存在です。私達はお傍(そば)にも寄れません』
「ふ~ん…そうなんですか」
山並は見えない存在と違和感のない普通の会話をしていた。他人が見れば、ひとりごとを呟(つぶや)くおかしな男と映っただろう。
「でも、僕だけになぜ?」
『それはあなたが、ため息を吐かれたからです。一度ならず二度までも…。私にも見栄がありますからね。一応、雪ですから』
「確かに、あなたは雪のようですが、それがなにか?」
『ですから、あなたに働いてもらったのですよ』
「と、言いますと?」
『私の仕事は人に働いてもらって、お幾ら? という存在なんですよ』
「言われている意味が分かりません」
『私も、あなたになぜこのようなことをお話しているのか分かりません』
山並と雪の声は、ともに笑ったあと、深いため息を吐(つ)いた。
完