水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説&シナリオ 「笹百合の峠」 <推敲版>

2012年04月05日 00時00分00秒 | #小説

     笹百合の峠               
                                    

「咲と申します」                     
「どこぞで、お会いしたことが…?」
 市之進は、咲と名乗る年若な女に訊ねた。
 既に辺りの人気は失せ、宿を探そうとて、この山越えの峠道では如何(
いかん)ともし難く思えた。そこへ、この咲である。夕陽に浮かぶ咲の姿の、なんと白く手弱かなことか。そうでなければ市之進は、悪霊か何ぞに、とり憑かれた…と、逃げだしたに違いない。ただ、咲という女が、どうも市之進には想い出せないのだ。
「もう、お忘れになって、ございますか?」
 古めかしい云い回しをする女だ…と、妙に思ったが、想い出せない以上は仕方がない。
「お咲さん…、とか申されましたね? 私も旅の途中、どこぞでお逢いしたのならば、これも何かのご縁と申すものでございましょう」
 とだけ返した。その後、暫(しばら)くは、鬱蒼(うっそう)と樹々が茂る山道を連れ添って歩いた。市之進の算段では小諸宿へ疾(と)うに着いている筈であったが、峠越えををするどころか益々、足元は険しさを増していく。そうこうしている内に、日はとっぷりと暮れ果てた。仕方なく、市之進は焚き火を頼りに野宿をすることにした。
 咲は少しも話そうとはしない。市之進も、余りの咲の美しさに意識が先立ち、話せない。夜は深々と更けてゆく。幸い季節は初夏の匂いの漂い始める候で、寒くはなかった。市之進は疲れもあってか、いつしか微睡(まどろ)んでいた。
 ふと、現れた世界は幻なのであろうか…。市之進には分からない。だがその情景は、確かに見憶えのある辿った遠い過去であった。━━子供が数人いる。その中に自分の姿もある。子供の一人が棒切れで白い笹百合の花を斬ろうとした。それを自分と思しき子供が必死に両手を広げ、止めている…━━
 小鳥達の囀りに、ふと目覚めれば、辺りはもう早暁であった。瞼を開け、冷えた半身を起こした市之進は驚かされた。消えた焚き火の跡は確かにあった。が、咲はいない。何者かに連れ去られたか…と、全身を奮い起こして立つと、咲がいた場所には一輪の白い笹百合が咲いていた。その花は、市之進の夢に現れた花に違いなかった。幼い頃の…あの時の…。その花の株下に置かれた一枚の守り札…。その木札を手にしたとき、市之進の脳裡に、何故か懐かしい想いが駆け巡るのであった。
 その後、市之進はその守り札を片時も手離さず、破格の出世をしたそうである。
                                       完
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  ≪創作シナリオ≫

     笹百合の峠 <推敲版>
                                                             
    登場人物
  市之進・・・年若な武士
  咲   ・・・笹百合の化身

 とある山の細道(中腹) 夕暮れ前
   山中。鬱蒼と茂る山林。山の細道を辿る年若な武士。夕暮れの木漏
   れ日。小鳥の囀り。前方の山道から近づく咲。擦れ違いざま立ち

   まり、市之進を見上げる咲。

  咲  「あのう…市之進様? わたくし、咲と申します」
   訝しげに立ち止まり、振り返る市之進。じっと咲を見つめる市之進。
  市之進「はあ…。どこぞで、お会いしたことが…?」
  咲  「もう、お忘れになって、ございますか?」
   訝しげに咲を見つめる市之進。想い出せない市之進。
  市之進「お咲さん…、とか申されましたね? 私も旅の途中。どこぞ
       でお逢いしたのならば、これも何かのご縁と申すものでござ
       いまし
ょう」
  咲  「有難う存じます…(軽く会釈して)」
   連れ添い、歩き出す二人。語らう二人。遠退く二人の姿。鬱蒼と茂る
   山林。

○ メインタイトル
   「笹百合の峠」

○    同   夕暮れ
   鬱蒼と茂る山林。険しくなる足元。辺りを見回す市之進。不気味な
   梟の鳴き声。
  市之進「…妙です。もう峠越えして、小諸宿が見える筈なのですが…
       (少し息切れしながら)」
   険しくなる一方の山道。息切れしながらも進む二人。日没。
  市之進「これ以上は無理なようです…。仕方ありません、野宿すると
       致しましょう。夜道は危険ですから…」
  咲  「はい…」

○ とある山中の平地 夜
   漆黒の闇。焚き火を囲む二人の遠景。楽しく語らう二人。
  市之進「少し…疲れたようです…」
   次第に眠気が市之進を襲う。微睡(まどろ)む市之進。焚き火。

○ ≪夢の中≫
   山中で遊ぶ子供達。咲く白い笹百合。棒きれで笹百合を叩き斬ろ
   うとする子供。それを必死に両手で止める幼少期の市之進と思し
   き子供。

○ とある山中の平地 早暁
   消えた焚き火。朝靄が漂う山中の平地。目覚めて半身を起こす市
   之進。寒さに身を竦める市之進。咲がいないことに気づき、辺りを
   見回す市之進。全身を奮い起こして立つ市之進。

○    同   早暁     
   花に気づく市之進。
   咲のいた場所に咲く一輪の白い笹百合。
   O.L

○ ≪幼少期の追憶≫ 回想
   白い笹百合。微笑んで笹百合を見る幼少期の市之進と思しき子
   供。

○ とある山中の平地 早暁
   O.L
    咲のいた場所に咲く一輪の白い笹百合。

○    同    早暁 
   花の株下に置かれた一枚の守り札。木札を手に取る市之進。
   懐かしい想いに浸る市之進の近景。市之進の遠景。

○  エンド・ロール
   朝靄に煙り、欝蒼と茂る山林。木札を懐に入れ、歩み始める
   市之進。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O
   T 「完」


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