水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《入門》第六回

2009年03月28日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《入門》第六回

 腹が空いていた所為(せい)か、その日の夕餉は、質素な料理膳にもかかわらず、左馬介には美味に感じられた。里芋の煮付け、小鮎の飴炊き、味噌の汁椀、そして香の物で、麦半分の白飯である。気楽に楽しむといった旅ではないのだから、左馬介に不平などあろう筈がなかった。それに空腹だったことが幸いしたのか、妙に箸が進んだ。気づけば、飯櫃(めしびつ)から軽く三、四杯は片付けてしまっていて、中はもう空だった。
 その夜はぐっすり眠れて、翌朝は早く宿を立った。昨夜来、降り続けた雨は上がっていたので助かった。左馬介の思惑では、昼八ツ時には遅くとも葛西へ到着する手筈であった。生憎、宿を立つ前、番頭に訊かなかったのが悔やまれたが、昼に食す積もりの握り飯は忘れず
に作って貰ったから、まあそれでよし…と、左馬介は道を急いだ。
 葛西の地に至る残りの道中は、田畑伝いに続くなだらかな道で、昨日の山道の険しさが嘘のようであった。左馬介は急ぐでもなく、その平坦な道を、気分よく長閑(のどか)に歩いていた。
 雲の切れ間より覗いた蒼空からは、陽光が光線状に漏れ、射している。ふと振り返れば、昨日越えた山麓にかかる七色の虹が、なんとも絶妙の景観を描いていた。


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