伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

安倍嫌い

2018年10月13日 | エッセー

 ヒグチ君がどう逃げたかにマスコミの関心はあったようだが、むしろポリスはなぜ捕らえられなかったかこそ問われるべきだろう。毎日3千人を超える動員をしながら、結局は道の駅「ソレーネ周南」(山口)の警備員によって御用となった。「ソレーネ」とは、あの辺りでは「その通り」という意味だから、見事なネーミングというほかない。見事でないのがポリスたちで、彼らが職業的勘働きを集団的に失いつつある象徴ではないか。そんなふうに拙稿を記そうかとも思案はしたのだが、毎度のことゆえうっちゃっておいた。ところが、猛者がいた。格段の膂力を誇る才媛である。朝日新聞論説委員高橋純子氏だ。なにかと剛球、変化球を世に放り込んできた女史であるが、この度の論考はまことに秀抜、ただ頭を垂れるほかない。なんとヒグチ君とアンバイ君、二人を符節を合わするが如く論じてみせたのである。
 先日8日付朝日の『政治断簡』に、「逃走中なのか、挑戦中なのか」と題する小論を載せた。逃走と日本一周への挑戦が一体化していたのではないかという。
 〈 逃げているのか。
  挑んでいるのか。 
 その境目は実はさほど明確なわけではなく、何かから逃げている人は、何かに挑んでいる人として在ることも可能だということなのだろう。逃げるには挑むしかない――。〉(前掲記事より)
 なるほど、木偏と之繞を入れ替えれば意味するベクトルは逆向きになる。返す刀はこうだ。
 〈説明責任を果たすことから逃げ、政治的責任を取ることから逃げ、不信の目からいまだ逃れられずにいるお友達を集めてみせる(組閣で・引用者註)。 ・ ・ ・ ・ それにしてもなぜ、悪路であえてエンジンを吹かすのか? おそらくそうすれば、険しい道をあえて行く挑戦者として振る舞うことが可能になるからだろう。首相は自らを挑戦者のごとく演出するのがうまい。〉(抄録)
 逃亡者と挑戦者のハイブリッド。快刀の切れ味に「ソレーネ」と膝を打ってしまう。
 “安倍嫌い”の識者に共通するのは、「自らを挑戦者のごとく演出するのがうまい」あざとさが透けて見えるからではないか。識者としての「職業的勘働き」が過たずにその本性を感知しているからではないか。「あんな男」と一刀両断にした内田 樹氏。アホノミクスの名付け親浜 矩子氏。反知性主義の典型と断ずる佐藤 優氏。小4レベルの成功の「成」の字がまともに書けなかったエピソードを紹介し、「成長戦略」に疑問符を付けた中野信子氏(寄せ書きに書いた「成長力」の成の払いと点が抜けていたと13年4月毎日新聞が報じた。アッソー君の「みぞうゆう」よりもっとヒドい)。などなど挙げれば切りがない。ついでにいえば、アンバイ君はまともに箸が使えない。いわゆる握り箸だ。「美しい日本」と言う割には所作は全然美しくない。
 例えば池田清彦氏。『ホンマでっか!?TV』のレギュラー解答者、大の昆虫採集家にして「構造主義科学論」を唱える生物学のオーソリティ。温顔で好々爺然とした風貌なのだが、ひとたび安倍批判となると、火を吐くように舌鋒鋭い。最新刊『いい加減くらいが丁度いい』(角川新書、本年9月刊)では、実に十カ所に亘って安倍へのオブジェクションを突き付けている。草加市の桜並木がカミキリムシの食害に遭っている。殺虫剤では死なないから足で踏み潰せという看板を市が掛けた。それについて、
 〈殺虫剤で死なない虫はいないよね。役所が見え透いた嘘をつくのは安倍政権の真似をしているのかしら。それにねえ。サクラが多少枯れても人が死ぬわけでもないし、安倍の悪政の方がはるかに問題だろう。〉
 と、無茶ぶりの悪態を吐いている。論争相手に「お前は顔が悪い」と捨て台詞を浴びせた吉本隆明のようで、稿者はこういうのが大好きだ。
 顔といえば、公家顔に触れねばなるまい。茹で卵を剥いてちょこちょこっと目鼻を書き込む。体調ゆえか悪行のゆえか今は黒ずんだ膨れっ面になってはいるが、アンバイ君はもともとは公家顔だ。公家といえば藤原氏。1300年、3000家、日本史上最大にして最長の氏族である。『平清盛のすべてがわかる本』(NHK出版)などの著作がある中丸 満氏は近著『ここがすごい! 藤原氏』(洋泉社)で、その秘密を解きほどいている。曰く、4点。
  ① 天皇家と身内関係を築いた
  ② 謀略を駆使して政敵を追い詰める
  ③ 律令の官位制を最大限に利用した
  ④ 学問芸術の力で権威を保つ
 ① は政略結婚を駆使したことだ。戦後の保守政治家を相関図にすると十重二十重の姻戚関係が見えてくる。別けても岸、吉田は筆頭であろう。岸信介の遺志はまちがいなく隔世遺伝されている。② は謀略、詐略だ。改めて語る必要はあるまい。③ は世襲制である。政治家2世、3世は当たり前になって、ある種のエスタブリッシュメントを形成している。④ は武士の世となってからの生き残りであるが、これはアンバイ君には無縁だ。ともあれ① ~③ の3点はアンバイ君にそのまま符合する。といって、アンバイ君の出自が貴族であるといっているのではない。相貌からの連想である。公家顔には気をつけようという話だ。
 余談ながら、藤原氏の始祖中臣鎌足。中丸氏は乙巳の乱での鎌足の様子をこう綴る。
 〈中大兄が「やあ!」と声をかけて斬りこみ、佐伯子麻呂(さえきのこまろ)とともに入鹿を討ち取った。入鹿暗殺が実行された時、鎌足は何をしていたのだろうか。実は史料を見る限り、鎌足は何ら具体的なアクションは起こしていない。自ら手を汚さず、高貴な皇子を暗殺の実行犯にした。〉(上掲書より)
 なぜか「森友加計」が、「忖度」が想起されてならぬ。「ソレーネ」だ。 □