浜 矩子先生は「一億総活躍社会」や「働き方改革」などなどチーム・アホノミクスが繰り出すキラキラネームを使ってはならないと固く誡められている。戦時中、サイダーは「噴出水」に、ドレミは「イロハ」になどと敵性語はパラフレーズされたが、そんな生易しいものではない。そもそも使うな! とおっしゃる。「わが社の働き方改革」などと、どこかの社長さんがご挨拶されることも「これは断じていけない。敵の言葉で語れば、敵の術中にはまる。断然、要注意である」と仰せだ。アホノミクス・シリーズ第4弾 『窒息死に向かう日本経済』 (角川新書、今月刊)でのキツいお達しである。
同シリーズは何度も取り上げてきた。しかし、いっかな食傷はしない。御本人が「目の前で妖怪アホノミクスが毒ガスを噴きだしている限り、やっぱり妖怪退治を止めるわけにはいきません」とお書きになっている通りだ。
さて、敵性語である。「下心政治が押しつけて来る言葉をそのまま使ってしまうことは、下心政治の世界に引きずり込まれて行く」ゆえに禁忌だと、その理由を明かされている。では、その下心とは何か? ずばり、「21世紀版大日本帝国構築」だと確言されている。なんとも男勝りではないか。まことに溜飲が下がり、腑に落ちる。
〈本当の名前を知られた者は、神様であろうと鬼さんであろうと神通力を失う。正体を暴かれた者は支配力を失う。そのことをしっかり胸に刻んで、「君の名は?」と問いかけ続ける。それが魔の手を振り払うための基本原理だ。我々は敵の言葉で語らず、敵に「君の名は?」と詰め寄る力量を磨いて行く必要がある。〉(上掲書より抄録)
まことに宜なる哉、である。本書では日本経済の“窒息化”について、3つの角度カネ・モノ・ヒトの順にギリギリと究明されていく。
第1章 カネの世界の呼吸困難──死に行く国債の海、腐り行く株式の海
第2章 モノの世界の呼吸困難──魔の手につかまった日本の製造業
第3章 ヒトの世界の呼吸困難──柔軟に多様にスマートに使い倒されて行く社会到来
第1章は日銀による国債購入による『財政ファイナンス』と、株式市場への参入による『働き頭ファイナンス』が曝かれる。後者は浜先生独特の命名で、件の“帝国”構築に貢献する大企業への資金誘導、「最大限の恩恵」を施すことをいう。だから、デフレ脱却は働き頭(ガシラ)ファイナンスの口実に過ぎないと一刀両断だ。つまり「異次元緩和」、君の名は? 『財政ファイナンスと働き頭ファイナンス』の2つ、これが本名である。さらに稿者が独自に踏み込むとすれば、『21世紀版統制経済』ではなかろうか。
第2章はアホノミクスによって日本のモノづくりが窒息死に向かいつつあるとの警鐘だ。中でも一流企業に多発する不祥事の原因剔抉は実に鮮やかだ。ストンと腹に落ちる。この章では『攻めのガバナンス』に追い立てられるメーカーの実態が浮き彫りにされていく。さらにチーム・アホノミクスの大将に絡むお友達企業への“忖度”にもフォーカスしている。つまり「攻めのガバナンス」、君の名は? 『21世紀版富国策』、これが本名である(稿者によるネーミング)。
第3章は「働き方改革」である。この解明は鮮やかだ。出色である。本書で最多の紙幅が当てられているマターだ。「働き方改革」「生産性革命」「人づくり革命」、そのすべてが例の“帝国”構築のための経済成長に収斂されていく。「柔軟かつ多様な働き方」の導入という。「柔軟」が志向するのは「時間給方式からの脱却」であり、「多様」の先には「お座敷芸人」風のワークスタイルがあるという。「お座敷がかかれば、それに対応して東奔西走・八面六腎・縦横無尽。華麗に世間を渡り歩く」、そんな「フリーランス的働き方」だ。
〈すべて成長戦略のためである。ヒトを対象としていながら、ヒトのためなど考えていない。力強い経済成長のために、最大限多くの人々を最大限効率的に使う。それが目指すところだ。彼らが「同一労働同一賃金」と「長時間労働の是正」を語る時、それは、あくまでも「労働生産性の向上」というテーマとの関係においてである。要は、これらのテーマについても「生産性革命」の一環としてのとらえ方をしている。「同一労働同一賃金」はアメとして使える。彼らはそう考えている。〉(同上)
カネ・モノと来ても、なかなか埒が明かない。粉飾決算ともいえる各種経済指標を羅列してみても、その実アホノミクスは成果なし。残るはヒト。つまり「働き方改革」、君の名は? 『21世紀版国家総動員体制』、これが本名である。
先生はチーム・アホノミクスの政策をすべて邪悪だと決めつけているわけではない。
〈問題は下心である。どんなにまともな政策制度でも、よこしまな下心があれば、全てが汚れる。いつまでも「モリカケ」問題の追及ばかりに明け暮れていないで、もっと政策を論議しろ。そんなことが言われる。だが、「モリカケ」問題を引き起こすような人々を相手に、政策論議など出来るわけがない。〉(同上)
と、厳しく弾呵する。この殺人的猛暑の中でステイ・クールするために、絶好の一書である。 □