何十年振りだろう。築地市場に足を運んだ。
いつも前のめりで忙(セワ)しなく変化をつづけるこの都市で、これほど変わらない一画があるだろうか。賑わいは往時と同じだ。市場(イチバ)の結構も、魚介の匂いも、掛け声も、レトロな屋号も、無粋な看板も、値札も、粗っぽく打たれたコンクリートの床も……なにも変わらない。電動の荷車が少し増えた程度だ。
旧のままなのは移転計画のためか。そうだとしても、そいつは沙汰止みにしてほしい。つくねんと昭和が居つづけるこの街を消さないでほしい。老残を引きずる都知事の最後の仕事は、まちがいなくそれだ。わるいこたぁーいわねー、はえーとこ、そんな話はなかったことにしてくれろ。
などと、心中繰り言をしながら市場を抜けた。商店街だ。
せっかくだ。タレントIの兄弟が営む卵焼き屋に行ってみよう。評判らしい。さて、どっちだ?
うろうろしながら、四つ角に。
「どこに行きたいの?」
今風のつなぎを着たじいさんだった。かといって、機械仕事をしている風はない。自ら志願して案内役を買っているのか、道を尋ねる人の相手をしている。
「そいつは、この通りをまっつぐ行って、二番目の交差点を左に曲がんの」
「あんた、ある(歩)って行くのかい? そりゃあ大変だ」
「そこの黒塀はねー、財界のお偉方行きつけのお店だよ。東京でも一、二番の料亭だ。むかしは、ほれ、フイ・リッピンのスカルノ大統領がよく来てたね」
スカルノはインドネシアのはずだが、そんな突っ込みは恐れ多くておくびにも出せない。
ともあれじいさんはほかの数軒との違いも紹介しつつ、懇切に件(クダン)の卵焼き屋を教えてくれた。
案の定、店の前は人だかり。テレビの宣伝効果は捨てたものではない。
さて、お上りさんついでに東京スカイツリーを目指そう。建設中は必見だ。完成したら、二度と造りかけは見られない。ふたたび、四つ角に。じいさんに、先ほどの礼を言い、スカイツリーへの道を尋ねる。すると、
「東京スカイツリー? それはどこにあんの?」
と、のたまう。耳が遠いのかしらん。二度、三度と繰り返す。応えは同じ。
はい、はい。やっと解りました。じいさん、すっとぼけてやんの。つまり、ここから見える東京タワー以外は勘弁ならねーんだ。スカイツリーだか、クリスマスツリーだか知らねーが、そんなものは余計なんだ。築地と銀座が世界なのだ。世界の中心なんだ。
「けっこう、毛だらけ。ネコ灰だらけ。……」なんていう寅さんの啖呵売(タンカバイ)が聞こえてきそうなじいさんの口吻だった。そこで、命名を考えた。『ツキジー』なんてーのは、どうか。再び築地を訪れ、ツキジーに会える日がくればいいが……。長寿を祈りたい。
ここにも、確実に変わらない築地があった。いやー、お上りの甲斐があったというものだ。ツキジーに最大の敬意を表してスカイツリーは止めにし、まっつぐ銀座へある(歩)って行くことにした。
銀ブラの目的はただ一つ。「ブラタモ」で紹介されたビルの谷間の通り抜け路地だ。……そうです。なにを隠そう。わたしがミーハーおじさんです!
こちらは、もうまっつぐに銀座4丁目の垢抜けした交番の、ちょいとイケ面のお巡りさんに尋ねた。
「それなら、ボクも観ました」
話が早い。教え方もスマート。ほんの1、2ブロックをある(歩)って目的地に着いた。3回も行ったり来たり。仕舞には通り抜けになっている喫茶店に気の毒で、そこでコーヒーブレイクに。
観察していると同輩が何人も、何組も行き交っているではないか。これはすでにミーハーではない。そうだ、『ロージー(路地)』と呼ぼう。しかも、平板アクセントで。などと妙に納得して、六本木へ。
そこから先は、前稿に記した。順序がアベコベで失礼。□