伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

太鼓持ちの目が泳いだ

2019年05月30日 | エッセー

 今月27日、迎賓館で日米首脳会談が開かれた。冒頭長い挨拶を交わした後、大統領は日米貿易交渉について「おそらく8月に両国にとって素晴らしいことが発表されると思う」と発言。その時だ。首相の目が泳いだ。虚を突かれたような表情を浮かべ、刹那天井を見上げると暫く瞬きを何度も繰り返した。
 今回の幇間外交の全てが凝縮された一齣であった。
  先月末ホワイトハウスで行われた日米首脳会談では、5月下旬の訪日を念頭に「(貿易協定交渉は)順調に進んでいる。訪日までに合意することも可能だ」と大統領は語っていた。その「訪日まで」が「5月下旬の訪日」にずれ、さらに今回8月までのモラトリアムを与えられたというわけである。前日、大統領はツイッターに「7月の選挙まで待つ」と書き込んでいた。しかも election にSが付いて elections となっていて、衆参ダブル選を勘ぐった面々もいた。ツイッターなら私的な呟きで済ませられるが、先の発言は公式な場でのそれである。ゴルフに大相撲、炉端焼きに宮中晩餐会などなど、下にも置かぬおもてなし、大盤振る舞い(一説には2500億円とも)のとどのつまりがこれである。TVのワイドショーなら、雛壇全員がフロアめがけてずっこける場面だ。
 これが事前に官邸が危ぶんでいた“トランプ爆弾”かもしれない。側近は火消しに躍起となったが、本来ならこのモラトリアムは「密約」に値する合意事項である。ところがいとも簡単に身も蓋もなく暴露された。明らかに大統領は遥か太平洋を越えて本土へ向け発語した。おもてなしを逆手に取った抜け目ないディール、あるいは典型的なドア・イン・ザ・フェイスともいえる。ドアインザフェイスとは、“shut the door in the face”(門前払いする)から来たビジネス用語。最初に難度の高い要求を出して相手に一旦拒否させておき、それから徐々に要求水準を下げていく手法をいう。首相はこれに搦め捕られたか。道理で目が泳いだわけだ。
 さらに付言すれば、首相十八番の“忖度”が空しく潰えたシーンでもあった。こちらの金棒はあちらでは無益である。あちらの鬼さんは金棒なぞまどろっこしいとばかり、いきなりガンをぶっ飛ばすらしい。さらにさらに。令和最初の国賓とは聞こえがいいが、なんのことはない、天皇の政治利用であるといえなくもない。まあいいとこ、即位便乗の政治ショーではある。
 あの日、迎賓館から「すっからかん」と太鼓の音(ネ)が聞こえてきたのは空耳だったろうか。 □