伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

沈没船が化けた!

2018年12月01日 | エッセー

「それは絶対にやめといた方が良いですよ、何度も説明したように、オンデーズは年間の売上が、たったの20億円しかないのに、銀行からの短期借入金が14億円もあるんですよ! 借入金の回転期間はわずか8ヶ月、約定返済額は月に8千万円から1億円にものぼる。それなのに毎月、営業赤字が2千万近く出ているという、異常な資金繰りに陥ってしまっている会社ですよ。買収したとしても、これを再生するなんて、まず無理ですよ!」
 冒頭は六本木の喫茶店、経理の猛反対から始まる。沈没船をサルベージして豪華客船にまで仕立て上げる。そんな破天荒な話だ。
   「破天荒 フェニックス」  (幻冬舎、本年9月発刊)
 悴が痺れたというので読んでみた。著者は田中修治氏、当のオンデーズ社長である。
 書籍サイトではこう紹介されている。
 〈僕は、「絶対に倒産する」と言われたオンデーズの社長になった。
 企業とは、働くとは、仲間とは――。実話をもとにした、傑作エンターテイメントビジネス小説。
 08年2月。小さなデザイン会社を経営している田中修治は、ひとつの賭けに打って出る。それは、誰もが倒産すると言い切ったメガネチェーン「オンデーズ」の買収――。新社長として会社を生まれ変わらせ、世界進出を目指すという壮大な野望に燃える田中だったが、社長就任からわずか3カ月目にして「死刑宣告」を突き付けられる。しかしこれは、この先降りかかる試練の序章にすぎなかった……。
 30歳。肩まで届く茶髪のロン毛にジーパン、黒のジャケット、そんなチャラ男がレッドオーシャンに乗り出していく。これでもか、これでもかと襲いかかる資金ショートの危機。冷酷な銀行との悪戦苦闘。ライバルとの熾烈な攻防戦。裏切り、盟友との死別。地獄の淵からの幾たびもの起死回生。まさにフェニックスである。そんな波瀾万丈のドラマが、田中氏が書き綴ってきたブログを元に克明に描かれていく。ともあれ、超強気だ。草食系男子の気配なぞ微塵もない。押して押して押しまくる。他人事(ヒトゴト)ながら、ハラハラしながら読んだ。
 破天荒は大胆不敵という謂ではない。それは誤用だ。古代、荊州では永く科挙の合格者が出なかった。未開の荒れ地、天荒と人は呼んだ。後、待望の合格者が初めて出現した時、天荒を破ると称えられた。前人未到の偉業達成、それが正意である。
 わずか10年。沈没船は今や、資本金3億2千万、売上高150億、従業員数1900名、10カ国以上200店舗以上を展開という豪華客船に化けている。これを破天荒といわずしてなんという。
 この主人公は(つまり田中社長は)明らかに日本人離れ、欧米人跣である。邦人異種といえなくもない。中野信子先生が脳科学の見地から興味深い卓説を述べている。
 〈日本では、ひとつのことを長く続けられる人が評価され、米国では、ひとつのところにとどまらず、多くのことに挑戦できる人が評価されます。これは日本人と米国人の脳が違っているからとも考えられます。日本人では、ドーパミンD4受容体遺伝子のある領域の繰り返しタイプが7回の人はなかなか見当たらず、2回ないし4回の人がほとんどです。つまり、刺激を過剰に追い求めるタイプの人はあまりいない。欧米人には7回繰り返しタイプの人が少なくない数で存在します。新天地を求めて移民をする人にもこのタイプが多いという報告があり、アメリカでは、次々に刺激を求めて新しい挑戦を繰り返すことを賛美するという気風が強いのも、脳がそうさせているのかもしれません。〉(「脳はどこまでコントロールできるか?」から抄録)
 「ドーパミンD4受容体遺伝子のある領域の繰り返し」が多いとドーパミンの放出量が多くなる。新しい刺激への欲求が高まる。ドーパミンは報酬系の快楽ホルモンであり、脳内麻薬とも呼ばれる。好奇心を高め、運動や学習などの行動を促す役割がある。となると、田中社長は7回といわず10回ぐらいの「繰り返しタイプ」なのかもしれない。「繰り返しタイプ」は生来のものらしいから、ますます異種、いな貴種ともいえる。
 ただ見落としてならないのは超強気を支えた超強運である。捨てる神あれば拾う神あり、絶体絶命のエマージェンシーにどこからともなく「拾う神」が登場する。こればかりは脳科学では説明がつかない。
 OWNDAYS とは“Own Days”「それぞれの日々」と、“On Off”「切り替える」の“On”を組み合わせた造語だという。「当社の眼鏡で日々新たな気持ちで過ごせますように」との願いを込めているそうだ。読後感はまことに爽やか。「新たな気持ち」にしてくれた。 □