もみじ葉が朽ち葉となり幾重にも降り敷かれて、色も形も綯い交ぜになった絨毯の小径がつづいていた。厚みがあり、歩み込むとサクッと拉(シダ)かれる音がした。それでいて前夜の雨を吸っていて、どうにかすると滑る。谷川に沿った枯葉のペーブメントは奥へ、奥へとつづく。
渓流は早川となり、左右の山膚はいよいよ切り立ってきた。遠慮がちに蹲っていた岩は大きさを増し群となり、主役を追われた流れは別たれ合して岩間を奔る。岩を叩き砕け落ちる水音が人語を抑え込むほどに猛々しくなってきた。おちこちの岩山に設えられた木道をおそるおそる進む。大小の瀑布が階(キザハシ)のように連なり、それぞれに滝壺を造っている。透き通った水が中程を過ぎると一気に暗い深緑(フカミドリ)となって水底を塞いでいる。
息が上がるころ、荒削りな石床(イワトコ)が陸(ロク)に展(ノ)びる空間が行く手に豁(ヒラ)けた。頭上に秋空が拡がり、山際が見通せる。白髪三千丈を模したような名を持つこの渓谷がひとまず尽きるところだ。
およそ十年ぶりに訪(オトナ)った。かつては鉄道で山間(ヤマアイ)に分け入り、バスに乗り継いで遠路を辿った。今は車で小一時間、雲泥の違いだ。
そこは晩秋の只中にあった。かつて同級の女生徒が滝に身を投げたのは、確か秋のとば口であった。半世紀に近い過去だ。それがどの滝なのかは、知らない。聞いてもいない。なぜそうしたのかも、知らない。訊いてもいない。記憶は遙か遠景に退いているが、鮮烈な印象は埋み火のように蟠り、そして渓谷は今もそこにあった。
ついこないだ同窓会があった。話題にはもちろん上りはしなかった。風化したか、迂回すべき話柄なのか。宴が跳ねた後、年相応にエイジングした同輩たちの間にもし彼女が混じっていたら、どんな面立ちで佇んでいただろうと揣摩が巡った。メタモルフォーゼし皺が被い微かな面影しか残してなくとも、久闊を叙し来し方の話に笑いさんざめく方がいいに決まっている。生き切る以上に高価な宝物はこの世にはないのだから。
帰り道は難儀だった。夕にかかり日差しが傾(カシ)いで、一転冷気に包(クル)まれた。休み休み駐車場まで戻った時、ばかばかしいことを想起した。
「彼女はあれ以来帰路についていないのではないか。亡骸ではない。彼女自身が、だ」
応えに窮したのち、
「だが、それもいいだろう。渓谷の風になって四季を誘(イザナ)い過客を愉しませてきたのなら、それもいい。それでもいい」
そう自答して、渓谷を後にした。 □