伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

水商売

2018年12月11日 | エッセー

 「水商売」といっても“お水”ではない。水そのものを商うビジネスである。といっても、日本の水を海外へ売るのではない。かといって、水道インフラの輸出でもない。実は、水道インフラの輸入なのだ。
 入管法で灰神楽が立つ中、隙を突くように与党は水道法改正案を強行採決した。朝日の報道を引用する。
 〈「民営化」法、成立へ きょう午後、衆院本会議採決
 改正案は7月に衆院で可決後に継続審議になった。今国会では参院厚労委で審議が始まり、厚労省が検証した海外の民営化の失敗例が3件のみだったことや、内閣府の民営化の推進部署に「水メジャー」と呼ばれる海外企業の関係者が働いていることが露呈。野党は問題視して追及を強めていたが、5日の参院本会議で可決後、与党側は審議なしで同日の衆院厚労委で、採決を強行した。(後、衆院で再可決・引用者註)
 改正案は、経営悪化が懸念される水道事業の基盤強化が主な目的。水道を運営する自治体などに適切な資産管理を求め、事業の効率化のため広域連携を進める。さらにコンセッション方式と呼ばれる民営化の手法を自治体が導入しやすくする。コンセッション方式は、自治体が公共施設や設備の所有権を持ったまま運営権を長期間、民間に売却できる制度。自治体が給水の最終責任を負う事業認可を持ったまま導入できるようにし、促す狙いがある。〉(12月6日付から抄録)
 「7月に衆院で可決」は6日のことだ。この日、オウムの麻原彰晃をはじめ7人の死刑が執行された。マスコミはこれ一色だ。まさか目眩ましではあるまいなと疑いたくなる。
 自治体がコンセッションを採れば地方債の返済を優遇、企業との契約も大幅簡素化、おまけに水道料金は厚労省の許可を不要とし自治体への届け出制に変更。水道料は原価総括方式であるから、設備費、報酬、税金など一切合切込みで値段が決まる。ダムの建設費はいつまでも消費者に被さってくる。また水道は独占事業であるため、電気のように競争原理が働かない。ユーザーは乗り換えが利かない。料金は業者の言いなりになってしまう。さらに運営権の譲渡に地方議会の承認は不要という特例までついている。かてて加えて、「自治体が給水の最終責任を負う事業認可を持ったまま」が問題だ。これでは災害時の給水に企業側は責任を免れることになる。企業の参入に便宜を図るためであろうが、そんな手前勝手があっていいものか。災害復旧は公費からとなるから、それでは火事太りならぬ災害太りだ。
 そこで、民営化だ。これは禁じ手である。「社会的共通資本」を提唱した経済学者の故宇沢弘文先生は、それを「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する」と定義した(『社会的共通資本』から)。大別すると、「自然環境」「社会的インフラストラクチャー」「制度資本」の三つになる。森林・大気・水道・教育・報道・公園・病院などだ。これらは利潤追求の市場原理に委ねられてはならず、個人の思惑にも政治的信条にも関係なく保全されねばならないとした。要するに、商売にしてはいけないということだ。共同体の維持に死活的に重要だからである。
 宇沢先生は明確に「社会的インフラストラクチャー」の一つとして水道を明記している。民営化は禁じ手なのだ。偉大な碩学の高見をネグって陸なことはない。現に多額の賠償金を払ってでも再公営化したアルゼンチンを筆頭に、公営化は世界の趨勢である。本邦政権の要路に見識なきを嘆かざるを得ない。
 さらにこの「民営化」に潜む悍ましき野望を看過するわけにはいかない。民営化とは国内企業だけが相手ではない。対外開放でもあるのだ。報道文中の〈「水メジャー」と呼ばれる海外企業の関係者〉、これが曲者だ。フランスのヴェオリア社、スエズ社、イギリスのテムズ・ウォーター社が世界3大水企業と呼ばれる。その内、ヴェオリア社日本支社であるヴェオリア・ジャパン社の官民連携の担当者が当該人物である。水メジャーは早くから用意周到に尖兵を送り込んでいたわけだ。一部の自治体ではすでにヴェオリアが部分的に参入している。世界の水ビジネス市場は15年に84兆、20年には100兆を超えるそうだ。日本の市場規模は30兆円。水メジャーが放っておくはずがない。「悍ましき野望」とはこのことだ。民営化は「水道インフラの輸入」、すなわち外国化である。体重の男で60、女で70%が水分である。してみれば一国の水を外資に委ねるのは身売りに等しい。アンバイ君のシンパ・右派の諸君は真っ先に反対して然るべきだが、うんともすんとも反応がない。金のために身を落とし身を売る。恥ずかしくはないのだろうか。これは彼らにとっても禁じ手のはずだが。
 かつて空気と水はタダといわれた。元手が掛からず儲かるから水商売という。ただし、景気や人気、嗜好の変化にもろに影響される。好不調は流れる水のように不確かだ。だから水商売ともいう。国を挙げての水商売。やっぱり、“お水”といえなくもない。 □