伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

脱・タックスペイヤーの悲哀

2015年06月27日 | エッセー

 固定資産税も介護・健康保険料も通知が届いているのに、住民税の知らせがなかなか来ない。強いて払いたいわけではないが、気になるので役場に訊いてみた。「65歳以上で年金受給額が課税対象以下ですので税金は掛かりません」という返事だった。
 とたんに拍子が抜け、抜けた間(アワイ)が詮なくて、そのうち面映ゆい気味になってきた。これはどうしたことか。反権力を気取ってはみても、やはり本邦古層のお上意識からは抜けがたいのか。内心忸怩たるものがある。
 維新を経て、年貢は税へと変わる。明治憲法ではこれにもう一つの義務が加わった。兵役の義務である。
「金で払う義務が税で、血で払う義務が兵役だった。『血税』は今日一般に誤解されているような『血と汗と涙の結晶を払うもの』ではなく、兵役のことを意味している」
 と語るのは、今年「民間税制調査会」を立ち上げた法学者の三木義一青山学院大学教授である。近著「日本の納税者」(岩波新書、先月刊)が興味深い。以下、同書を参照した。
 かつては兵役と納税が士農に分離されていたものが、四民平等ゆえに民草は両方を担うことになった。重い国家だ。
 だが戦後、劇的に変わった! と刷り込むように教えられた。日本国憲法で、主権は国民に移った。三木氏はこういう。
「主権者と納税者が基本的に一致する国家となったわけである。これは、日本という国の歴史を見るかぎり、初めてのことなのであろう。それ以前は、主権者として天皇が存在し、被統治者である臣民が納税の義務を負わされ、主権者が統治のためにその税を使う国家であった。」(上掲書より、以下同様)
 確かにコペルニクス的転回である。だがしかし、「納税の義務」は残る。この経緯(イキサツ)が怪異だ。当初、マッカーサー草案にはなかった。日本政府の原案にもなかった。無理やりねじ込んだのは税務行政の特権を手放したくない大蔵省と明治憲法の延長でしか新憲法を捉えられない時の与野党であった。義務規定がないと納税を拒否されるのではないかと危惧したらしい。同じ伝で、労働者の権利を謳うなら労働の義務も、教育を保障するなら保護者に受けさせる義務を負わせるべきだ、と。こうして「国民の三大義務」が生まれた。
 憲法は国家を縛る軛だ。そこに国家が国民に義務を課す規定が紛れ込むのはおかしい。戦後の憲法学はこのような義務規定を議論に値しないとネグってきた。刻下の税制への国民的無理解、無関心はここにも起因すると三木氏は指摘する。
 余談……でもないが、一方の「兵役の義務」は消えた。政府は憲法18条「苦役からの自由」を根拠に徴兵制はあり得ないという。憲法9条さえも読み替える“凶状持ち”がなんと白々しい口を利くことか。もしこの先自衛隊員の応募者が激減すれば、“環境の変化”を口実にきっと言い出すに決まっている。覚悟は必要だ。
 さて、税制である。三木氏は「『納税の義務』が復活されたことにより、大蔵省は従来の税務行政をそのまま踏襲することができた。国民に義務として課税し、納税しない国民を取り締まるという行政システムを維持することができたのである」と抉る。お上は隠然として君臨を再開したのだ。
 民主的制度として始まった申告納税の形骸化。源泉徴収による納税意識の希薄化。税務調査の理不尽。難解を窮める税法。通らない異議申し立て。裁判で国が負けないシステム。法学部出身者が少ない税理士。当てにならない公認会計士、弁護士……。三木氏はさまざまな問題点を挙げた後、こう訴える。
「私たち納税者が主権者となった今、税を取られるものとみる考え方も、課税の側面からだけみる考え方もそろそろ修正しよう。『税金は社会の会費』とよくいわれるが、単なる会費ではない。日本国憲法の下での私たちの社会の税は『資本主義の欠陥(格差拡大)を是正し、民主主義を維持・発展させるための対価』でなければならないのである。そろそろ、義務としての納税から、自分たちの意思としての「払税」に変え、社会の責任ある主権者として政治に、税制に、予算支出に関わっていこう」
 御意。ごもっともである。ただ哀しいことに、タックスペイヤーを脱した身にはきつい。言うに、ぶら下げる面(ツラ)がないのである。「面映ゆい気味」とはこのことだ。しかし、次の卓説には面映ゆい気味が晴れる。
◇人間というのは迷惑をかけたり、かけられたりするものだという人間理解が、基本にあります。けれども、今の人たちは「私は誰にも迷惑をかけたくないし、誰からも迷惑をかけられたくない」という願いを公言します。若い人にとってはそういう言い方は「当たり前」のものに聞こえるかもしれません。でも、少なくとも少し前までの日本では、そう公言する人は周囲からするどい非難のまなざしを浴びる覚悟が必要でした。そういうことが大声で言えるようになったのは、せいぜいこの三〇年です。相互扶助システムというのは、「強者には支援する義務があり、弱者には支援される権利がある」という、不公平なルールで運営されているのです。残念ながら、現代人はこのルールがよく理解できない。「オレの努力の成果はオレのものだろう? 何が悲しくて、他人と分け合わなくちゃいけないんだ」と、青筋立てる人がたくさんいます。◇(内田 樹「街場の共同体論」潮出版社、抄録)
 もつべきは哲人だ。 □