伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

買って頂戴よ。どう?

2013年09月24日 | エッセー

 近ごろ嵌まっている番組がある。タイミングが合えば、必ず見る。いや、見入ってしまう。「ジャパネットたかた テレビショッピング」だ。
 民放のくせにCMがない。自社を紹介するCMらしきものはあるが、番組の性格上ほとんどシームレスだ。シリアスなドラマが突如一転して青空に洗濯物がはためき、新製品の洗剤が軽やかなBGMに乗って登場する。ほとんどがその類いだ。否が応でも、截然たるシームが入らざるを得ない。そこにいくと、これは実に類稀な番組といえる。
 稿者に買う気はまったくない。だから、ショッピングではない。アミュージングである。
 「みなさん!」と、決めどこで何度も呼びかける。先般は「命を守る行動を」と『特別警報』を出しても効き目がなかったと、報道は伝える。寄り添っていないからだ。難しく言えば、メタメッセージがない。“社長”の「みなさん!」は、明らかにメタメッセージである。いつも、「こんないい商品を伝えないわけにはいかない」という情熱に溢れている。
 時々滲み出る長崎訛り。これもいい。本社は長崎、オフィスは東京、配送センターは真ん中の愛知。なんとも気宇壮大、日本列島を跨ぐ布陣である。全国規模になった今は枠を広げているそうだが、はじめは長崎出身者だけを採用していたらしい。ローカリズムに涙してしまう。おそらくその文脈であろう。創業25周年と重なった3・11直後に行ったテレビショッピング。その収益と義援金5億、それに電池を1万セット被災地に贈っている。
 まず、商品をいろいろに紹介する。誉めそやす。ほかの品物と比較する場面はあっても、番組は褒め言葉に満ち満ちている。ほかの番組とは違い、ここだけは言祝ぎで満載だ。こないだは事典・辞書を180も収めた電子辞書を取り上げていた。「みなさん!」こんなにいっぱい辞書が入っているんです、と。一つの言葉を引いて、収蔵されているこの辞書ではこれだけ、別の収蔵辞書を使えばもっとたくさんの意味が表示されますとやっていた。だったら後の辞書だけで事は済むのではないか。収蔵する辞書数ではなくコンテンツの収蔵数が大事だろうと、突っ込みを入れる間もなく価格の話に移っていた。
 さて、その『御提供価格』だ。ここに醍醐味がある。なによりも、安い。加えて、年間40数億円という金利手数料の全額負担。さらに、下取りでもっと安くなる。
 ところが、これでは終わらない。付属品だ。デジカメであれば、プリンターも一緒にしましょう。「今夜、12時まで」、「期間限定」。さらにメモリを1枚、2枚と付け加えていく。色とりどりのケースもと、どんどん付加価値が上がっていく。
 もうここまでくれば、お判りいただけるだろう。バナナの叩き売りだ。見入ってしまうのは、それである。小気味がよくて、テンポがあって、おまけにドラマ性がちょいと乗っかる。今様の啖呵売だ。
 大正初期に台湾バナナが到着したのが門司港。次は神戸に持って行くのだが、悪くなったものを早く捌きたい。そこで八百屋、露天商、的屋が、独特の口上を付けて売り始めた。当初は台を叩きはしなかったらしいが、想像するに「叩く」に値切る謂があることもあって後に演出されたのではないか。拍子もとれる。ともあれ、啖呵売の典型だ。
 基本は2人1組。ひとりがアシスタントで、口上に合いの手を入れて盛り上げ役も兼ねる。「まだ高い!」とやって、「もっと負けて」と突っ込む。値が下がったり、バナナの房が足されたりして商いが進む。
 バナナが大衆化した今では、大道芸として細々と生き残っているに過ぎない。しかし、「寅さん」の功績もあって注目されたこともあった。門司港には、「バナナの叩き売り発祥の地」の碑が建つ。
 バナナではないが、寅さんの啖呵売をひとつ。
 
「お安く負けちゃうよ。なぜこんなにお安い品物かと言うと、本来ならばこれ輸出する品物ですよアンタ。なんで輸出が出来ないかというと、はっきり言っちゃおう! 今まで言わなかったんだ。わたくしが知っている東京は花の都、神田は六方堂という大きな本屋さんが、僅か百五十万円の税金で泣きの涙で投げ出した品物! だからこんなに安い。本来ならば文部省選定、衛生博覧会ご指定、大変な品物だ、これ。これだけ安く売っちゃおう。英語の本なんか見てごらんなさいよ。英語、ずーっと書いてある。 最もわかり易いよ、この英語見てごらん。あたしだって読める。NHKにマッカーサー、メンソレタームにDDT。こういう昔の古い英語から出てるんだから、買って頂戴よ。どう? はいっ! どうも有難うございました!」

 これほど流暢ではない。“社長”には確かに地口も、韻を踏むことも、掛詞もない。アナロジーを逐一検証しても無粋であろう。時代は違えど、要は啖呵だ。正面向かって切り込んでいく威勢のよさだ。手を替え品を替えたパフォーマンスはあり余るほどあるが、口上を表にした販売スタイルは絶えてない。“社長”は現代に失われた啖呵売を、新しい意匠で再現しているといえなくもない。それがあってか、買う気はないのに終いまで見てしまう。
 「本来ならば文部省選定、衛生博覧会ご指定、大変な品物だ」とは、たくさんの本を一まとめにしての叩き売りだ。「英語の本なんか見てごらんなさいよ。英語、ずーっと書いてある。 最もわかり易いよ、この英語見てごらん。あたしだって読める。NHKにマッカーサー、メンソレタームにDDT」とくれば、「大変な品物」がなんだか電子辞書に聞こえてくるから、不思議だ。
「あたしだって読める。AKBにマクドナルド、メンタルヘルスにTPP」
「さあ、買った!」
「買わないよ」 □