『乱』の冒頭シーンはつとに高名だ。猪狩りの、あの躍動感は黒澤映画の真骨頂である。場面が移って、陣中での「三本の矢」。あぁー、また観たくなった。
当主の隠居とともに、件の訓戒は無残に破られる。まさに“乱世”が始まる……。どうも、あの「三子教訓状」が連想されてならぬ。外でもない、アベノミクスだ。
最初の鏑矢は勢いよく放たれたかに見えたが、的中とはいいがたい。ここに来て、株価の乱高下。なにより低下を目論んだ金利が、上昇に転じたことだ。目論見と実態は説明がややこしい。とてもこの凡愚のおつむには適わぬが、受け売りをすると
①日銀が国債を大量に買い入れる
②市中に出回っている国債の量が減る
③国債の価格が上がる
④国債の利率は変わらないから国債の利回りが悪くなる
⑤国債に連動して金利が下がる
──が目論見であった。判り辛いのは ④ だ。
安いが確実に利息が付くのが国債である。ただし利率は変わらない。100円で買って10年後に110円になるものが、105円で買っても10年後にはやはり110円。
儲けは半分になる。銀行は国債頼みでは儲からなくなる。市中で借りてもらわねば儲からない。だから利息を下げる。借りやすくなる。市中にマネーが放出される。
ところが、実際には──先読みした(④になるなら)金融機関と投資家が下がるもの
を抱えていてもしようがないと、売りに出た。だから、市中の国債の量が減らないので(②にならず)金利が上昇した という次第である。つまり、②の段階でふんづまっ
てしまった。緩和は異次元でも、対応は極めて通途の次元であったといえる。
デフレ対策におけるアナウンス効果 →
円高修正で円安誘導・株価上昇 →
輸出企業の利益増加 →
雇用拡大・所得増加 →
消費拡大 →
物価上昇(インフレ率2%へ) →
内需産業の利益増加 →
本格的な景気回復
がアベノミクスのシナリオであるが、「輸出企業の利益増加」まではなんとかたどり着いたようだ。がしかし、そこから先が五里霧中。ただいまだ「アナウンス効果」の段階で、これからが中身のフェーズだともいえる。
「雇用拡大・所得増加」については、首相、財務相の肝煎りで一時金やボーナスを上げたところはあるが、ベアはごく一部に止(トド)まっている。しかも輸出企業が中心だ。トリクルダウンは果たして起こるか。極めて懐疑的だ。
加うるに、円安による物価の上昇が始まった。「所得増加」と「物価上昇」が逆順になっている。タイムラグは認めるにしても、追っつくかどうか。この場合、兎はシエスタをしない。亀は走りだすことさえ厭う。世にも珍妙なレースだ。
では、二の矢はいかがか。
規模は小さいが、先例がある。東北大震災復興予算である。11年度は15兆円の大金を付けても執行は9兆円で6割。6兆円が未消化で残った。立案する役所も仕事の現場でも人材が足りないのだ。資機材も高騰、不足。不落札が相次ぎ、とどのつまりが、沖縄で法面工事をする羽目になった。
政府が掲げるように財政政策は「機動的」でなければ、絵に描いた餅に終わる。赤っ恥をかいた前政権の不手際を他山の石とせねばなるまい。バブル以降で、産業構造は激変した。右肩上がりの時代と同じ発想では必ず頓挫する。公共事業の現場に若者はいない。乾いた砂は少ない。災害への備えもインフラのメンテも喫緊を要するが、冷静な認識と賢明な判断が欠かせない。復興予算のより大規模な『二の』舞いは避けねばならない。
三の矢、これが一番難しい。蹉跌の可能性はここが最も高い。「成長戦略」とは聞こえはいいが、何のことはない、異次元の規制緩和だ。つまりは、既得権益にどう斬り込むか。実利の真っ只中での攻防である。
5日第3弾を華々しく発表はしたが、実行は至難だ。信長ほどの強権がなければ「楽市・楽座」は叶わなかった。強権に替わる高い支持率を改憲などという火遊びに注(ツ)ぎ込んでいる暇はない。
「三本」はひとつに束ねられた時、折れない。結束の妙である。「三子教訓状」とはそのことだ。アベノミクスが「三本の矢」と高言するなら、機を逃さず畳み掛けていかねばならぬ。鏑矢は一本ずつでは用をなさない。バラバラならば、待つのは“乱世”のみだ。針の穴ほどの成功の目は、一本と見紛うほどのスピード感だ。もう一度言おう。火遊びをしている暇はない。
*本稿は、愛用のPCが入院加療中のため、急遽埃を被ったXPマシンを取り出してセッ
トアップし投稿したものです。愛機は心臓移植手術の後、近々寛解・退院の予定です。引き続き、御愛顧をお願いします。 □