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山田歯科エクセレンスクリニック:山田忠生の歯医者人生&文化活動人生

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■ゆめ機構・代表 

TOKYO-NEWYORKコンセプト1983-(58)

2013-03-12 | 山田忠生:論文・提言などなど(過去から現
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生



”日の許に新しきものなし”という諺を、さらに証明するために私はもう一度、時代を遡ってボストンのDr.ランダールのもとで修行したアメリカの歯科医師パームリーの業績を指摘したいと思う。
Dr.ロットは、パームリーが個人口腔衛生について極めて熱心な歯科医師であると記述している。確かにこの問題について話したり、著したりするときの彼の熱心さは目を見張るほどであった。パームリーは赴くところ。どこでも宣教師のような熱心さをもって口腔衛生の福音を説いて回ったのである。

彼は病気について次のように記述している。”その病気はゆっくりと潜行して、長期間にわたりながら知らない間に進行していく。そして最後にその恐るべき敵は姿を現すのである。たとえて言うならば敵が街の入り口に到達したかどうかを気づく前に、すでに街中が廃墟となってしまうようなものである。歯が清潔に保たれている限り、病気は決して発現することはない。

パームリーは歯に付着した食物残差の発酵が一般的な原因であると語っている。そして、このように述べている。”私が推奨する器具で歯と歯肉とを定期的に清掃するならば、ウ蝕は起こりえないということを自信を持って言うことができる。これがこの重要な器官である歯を、生涯に渡り健全な状態で保持していくための方法についての私の明快な見解である。”

彼の言う器具とはブラシ、ペースト、フロスシルク、そして口腔内をみるミラーである。これらは110年を経た今日の私たちが患者に指示する器具と〃ようなものである。
パームリーは1859年に65歳で亡くなった。彼は自らが説いたことを実行した人物として知られている。同業者は彼の患者を、そのきれいな歯によって言い当てることができるとしばしば語っているほどである。



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TOKYO-NEWYORKコンセプト1983-(57)

2013-02-19 | 山田忠生:論文・提言などなど(過去から現
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生



レーベンフックは口腔衛生の必要性について気づいていた。というのは、自分自身の口腔衛生管理について次のように記述している。「塩で歯をこすり、それから水で洗い流すことを毎朝しなければならない。さらに食後、ときには臼歯を鶏の羽根でつくった楊枝できれいにしたり、布で臼歯を強くこすることも実行しなければならないことである。」

これだけの管理を行ったにも関わらず、彼は歯と歯の間に、粉を練ったようなと表現している白い物質を発見した。彼はこれを雨水と唾液で混ぜ合わせ、”無数の非常に小さな生きている微生物が、大変かわいらしく動く”ところを観察したのである。この”微生物”の数を何とか表現しようとして、次のような比喩を用いた。”人間の口腔内の歯についているカスの中には、英国全体の人口よりも多くの生き物がいる。”

レーベンフックの業績を簡単に紹介すれば、286年前(1700年ごろ)に布で歯を清掃する、塩でこする、羽でカスをとる、水で洗い流すという立派な口腔衛生管理の必要にきづいていたということである。彼は歯に付着しているプラックを観察し、簡単な顕微鏡にも関わらず、その中に生きた細菌を見たのである。彼は洗浄剤として酸を実験したが、微生物を殺すのにこうkあのないことを知った。Dr.アーニムは、「これが口腔内微小世界の繁殖する組織体の性格をしました最初の記録文書であり、また口臭も細菌のせいであると考えた。」と述べている。



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TOKYO-NEWYORKコンセプト1983-(56)

2013-02-06 | 山田忠生:論文・提言などなど(過去から現
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生


「予防的家庭管理」  
Dr. Estes Blackburn

この論文を著すにあたって資料を探していたとき、私の長年に渡る友人であり、教わることの多いDr.アーニムの論文を見つけた。そのタイトルは「最初の歯周病専門医ヴァン・レーベンフック」である。レーベンフックは16世紀に生存したオランダ人である。

Dr.アーニムの目に留まった1冊のペーパーバックの広告に、次のように記載されているのに惹きつけられた。”生物の組織を観察するたえに顕微鏡を用いたことのある人は、誰でもレーベンフックの恩恵を受けている。彼こそ、血球、原虫類、精虫を観察した最初の人である。一言でいえば、彼は最初の微生物学者、細菌学者であった。”

Dr.アーニムは論文の中で、レーベンフックが自分の顕微鏡を用いて歯に付着している微生物を観察し、描写した最初の人間であると述べている。レーベンフックは自分で磨いたレンズを使った自家製の顕微鏡を用いたのである。彼は学術論文は著さなかったが、彼の発見は1673年位ロンドン王室協会にあてた手紙の中に記載されている。


    
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TOKYO-NEWYORKコンセプト1983-(55)

2013-01-23 | 山田忠生:論文・提言などなど(過去から現
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生


1970年、Dr.ブラックバーンは「予防的家庭管理」というタイトルで、おそらく日本で初めて「予防歯科医業」についてのアメリカの最新知識を紹介されました。これまで折に触れ、その論文を紹介したり、引用いたりしていますが、ここに改めてその全容を紹介します。

当然のことながら、上述のバークリー先生の内容とも重複しておりますが、予防歯科の歴史的経過も含めて、今でも大いに参考になる内容であると思います。世間では「大阪万博」で話題が持ちきりのときでしたが、京都でのDr.ブラックバーンの講演は日本のそれからの歯科医業に大きな一石を投じたことは間違いがありません。



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TOKYO-NEWYORKコンセプト1983-(54)

2012-12-29 | 山田忠生:論文・提言などなど(過去から現
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生



上述しましたように、バス先生やアーニム先生の研究成果を受け止め、”コントロール・プログラム”という予防診療システムを開発し、臨床歯科医師が日常の診療ベースにそれを実践していくという画期的なスタイルを確立したのが、Dr.R.F.バークリーであります。

まさしく、予防歯科医業のパイオニアであり、私は彼こそ「20世紀の歯科界の知性」と称え、尊敬しております。しかし、そのバークリー先生は著書「Successful Preventive Dental Practices」を出版された5年後に47歳の若さで、私の記憶に誤りが無ければ事故のために、お亡くなりになりました。

話は前後しますが、このバークリー先生の業績に触れることになる前に、すでに予防歯科について日本に紹介した歯科医師が存在したのであります。



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