宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生
どういう歴史の気まぐれか、レーベンフックとパームリーの業績は、ルイジアナ州ニューオリンズのチュレイン大学医学部の名誉学部長で医学博士のチャールズC.バス内科医が、ウ蝕と歯周組織破壊症の原因に興味を抱いた1960年の始めまで忘れ去られていた。もちろん、この間に見るべき進歩がなかったなどと言うつもりはない。ブラック、アンダーソン、アーニム、ミラー、マズラーなど貴重な貢献をした数多くの人が存在している。しかしながら、これらの人々は学術研究の分野で貢献したのであって、レーベンフックやパームリーのような個人衛生の分野を推進したのではない。
Dr.バスはミシシッピー州コロンビアで生まれ、チュレイン大学医学部を卒業し、19世紀末にコロンビアで開業するが、顕微鏡の利用に関心を抱き、また個人開業に満足できずに大学に戻り、その後にチュレイン大学の学部長となり、1941年に退職した。そして研究生活で余生を過ごす決心をしたのである。
研究目標を決定するにあたって、第一次大戦中にアメーバ赤痢の原因と治療を調査したときに、担当した患者の歯肉溝中に大量のアメーバを発見したことを思い起こした。また、ルイジアナ州ニューオリンズの病院では、ほとんどの患者がひどい歯の病気にかかっていることも思い起こした。
そこで1943年にこれを研究課題とすることを決心した。この研究から、Dr.バスの個人口腔衛生についての考えが発展していくのである。