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山田歯科エクセレンスクリニック:山田忠生の歯医者人生&文化活動人生

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■ゆめ機構・代表 

バークリー予防歯科医業の概要:11

2011-12-29 | 好結果をもたらす予防歯科医業:ロバートF.
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生


私はアーニム先生の考えに興味をおぼえはしたが、私のような個人開業医の許にやってくる患者が、果たして自分の口を清掃する方法を学ぶのにお金を支払うという考え方を受け入れてくれるかどうか疑問であった。つまりは、アーニム先生はテキサス大学から給料が支払われている立場であるのに対し、私はといえば患者から得られるもので生計を立てねばならなかったからである。しかし、幸運にもその同じ年に、私は3人の中の、他の2人の先生とも出会うことができた。アーニム先生の考えを個人開業医として行い、生計を立てていくためには、この2人の先生の考え方がなくてはならないものであった。

その1人は、L.D.パンキー先生である。マイアミで3日間開催されたセミナーにおいて、フロリダ州コーラル・ゲイブルのL.D.パンキー先生から、歯科医業の基盤となる歯科医学の考え方を初めて教えられた。パンキー先生はこの考え方を技術的な面だけでなく、歯科医師と患者との人間関係を扱うものとして捉えられていた。先生は患者を単に解決するべき多くの歯科医学上の病状をもった“モノ”として見なすのではなく、人間として、友人として扱われていた。

私は先生のこのようなアプローチの方法と、その患者を扱うにあたってのあざやかさに勇気を与えられた。先生が患者に話されている内容を記憶にとどめて、それと同じことを私は患者に話した。その結果は惨めなものであった。患者は応じてくれなかったばかりか、多くの患者は私の許を去って行ったのであった。



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2012年には、「宝塚」が“文化芸術都市”として

2011-12-29 | ごまめの歯ぎしり(ブラキシズム)
歯科医師・山田忠生


2012年を“文化芸術都市”として宝塚が復活するスタートの年と考えます。これまでもさまざまに、そして何度も同じような都市としての取り組みが展開されてきました。しかし、なぜかその理由は定かではありませんが、お世辞にもそのような表現が当てはまらないのが、今の宝塚ではないでしょうか…。

軽はずみな予測は避けたいのですが、2012年度内に「宝塚文化振興条例」(仮称)が制定されると考えます。

それは、ようやく宝塚が文化芸術都市として、計画性をもって一歩を踏み出すことができるベースとなるものです。
宝塚を愛する市民、宝塚に暮らすことに誇りをもつ市民には必要不可欠なものであります。

将来のあるべき宝塚を夢見ながら、その確実な歩みに私も市民文化活動に携わる一人として力を注ぎたいと思っています。



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マークス「完全歯科医業学」概要:111

2011-12-27 | マークス「完全歯科医業学」概要:パンキー
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生


7-2 先入観と偏見

しばしば来院してくる患者には先入観や偏見がありながらも、最初の、あるいは少なくとも2回目の来院のときには、それが明らかでなく、3回mえの来院時に明白となり、患者から治療計画の受諾を得ようとするが非常にむずかしく、ときには不可能となることがある。

最も頻度の高い偏見は、固定式であれ可撤式であれ、義歯に関係している。異議はこのように表現される。
「非衛生的です」

「良い歯も削られますね」

「他人から義歯をしていると言われます」

「姉がブリッジをしていますが、とても噛めないそうです」

「話をするのにジャマになります」

「とめている金具が歯をする減らすのでは」

「友人の義歯は食べたり、おしゃべりをするたびに動き回るようです」

このような“異議”のほとんどは、確かに過去においては妥当性もあったのだが、現代の歯科医師は診査方法が改善され、印象採得、デザインや修復方法、そして新しい材料などが、さまざまな問題点を克服してきていることを認識している。どのようにすれば、このことを患者に認識させ、受け入れさせることができるのだろうか。



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”新しい歯科”の軌跡ー第2回(3)

2011-12-27 | 「歯福のひととき」レターより転載
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生


3:アメリカから、日本を直撃!!

私が歯科大学を卒業しましたのが1968年。まさしく歯科医学が大きく変わっていく真っただ中に、歯科医師として一歩を踏み出したのです。歯科医学を歯科医療として、つまり学問を臨床として患者に提供する、その診療姿勢が大きく問われることになりました。

技術革新、新器材器具・材料の開発、そして診療理念と、日本の歯科はせっせとアメリカから輸入し、消化する毎日でした。

その間、私は「失敗は成功のもと」、「石の上にも3年」、「不言実行」などを後から理由づけしながら、“ごまめの歯ぎしり”の日々を過ごしておりました。(これは、今も続いているようです…。)



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ブログを始めて2年が経過した

2011-12-26 | 歯医者人生、思いつくまま
宝塚仁川/山田歯科エクセレンスクリニック 歯科医師・山田忠生


私の知人にお願いをして、「山田歯科エクセレンスクリニック」のホームページを作っていただいた。そして、同時に「歯医者人生40余年、思いつくまま」というタイトルでブログを始めて2年が経過した。2009年11月末のスタートだったと記憶している。
そして、試行錯誤を重ね、さまざまなチャレンジもしながら、これまでの記録をまとめる手段として、あるいは新たな展開への基礎として、手を広げ過ぎと思われる分野や、掲載量など、書き続けてきたように思う。

3年目を迎えたわけだが、といって別に取り立てて感慨もないというのが正直な感想だ。もちろん、中止するつもりもないが、さまざまな山田忠生を表現していくということだろうか。これまでの習い性なのか、直接に文章を書きだすことには抵抗がある。つまり文章表現が拙いので、読み直して修正しないことには人様には読んでいただけない代物だということを、自覚しているつもりだ。そこで、書き終えた状態でプリントアウトして紙の上で読むことにしている。
それをもう一度、ブログの記事として打ち込むことになるので、結構手間暇がかかることになる。「である」調と、「であります」調の混在もあると思われる。

大きく分ければ、1)同業歯科医師を対象とした分野、2)一般の人々を対象とした歯科医学関連分野、3)市民文化活動関連分野、4)その他、ということになるだろう。
歯科医学関連の論文は約40年前からの論文となる。今もそうかもしれないが、よく理解できないままにとにかく翻訳していたという記憶がある。再度、読み直して、修正しながら紹介するという手順を踏んでいる。
市民文化活動関連となれば、そのような活動を始めたのが阪神大震災以降なので、それからの事業内容や、私のそのときどきの考えや、構想などということになる。
それなりに書類も量が増え、捨てるべきは捨てるように努力しているのだが、当然とはいえ増え続けている。
そういう点では、ブログへの掲載はその整理にも大いに役立つ行為なのである。まだまだ、整理しながら、掲載していく予定のものが存在しているようなので、当分はブログを続けることになるだろう。



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