博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『黒衣の刺客』

2015年09月13日 | 映画
『黒衣の刺客』(原題:刺客聶隠娘)

台湾の侯孝賢監督が唐代伝奇の「聶隠娘」を題材に武侠映画を撮り、カンヌで賞を取ったということで話題になった本作ですが、中身の方は圧倒的な設定過多と圧倒的な説明不足が目立つ作品でした…… 劇中の台詞が少なめの割には人物関係など設定を無駄に盛り込んでいるので、内容がかなりわかりにくくなってます。台詞・映像とも、必要な描写を削って不要な描写を盛り込んでいるという印象です。取り敢えずこれから見に行かれる方は、あらかじめ本作のパンフに載っている人物相関図を頭に入れたうえで見た方が良いでしょう。

台湾の俳優さんに加えて、遣唐使役で妻夫木聡が出演していますが、ぼんやり見ているか、あるいは妻夫木聡の顔を知らないと、彼が日本から来たということもよくわからないままになるのではないでしょうか。彼が日本にいた時の描写は日本公開版のオリジナルシーンのようなので、特に台湾・海外版の視聴者は彼が旅人らしいということしか察せられないと思いますし、それで本作を見るうえで何か不都合があるわけではありません。つまりは彼が遣唐使という設定がそれほど意味がないわけです。本作で盛り込まれている設定は大体がこんな調子で、展開上生きていないものが多いです。

映像の方はCG・ワイヤー頼みの近年の武侠映画とは一線を画しています。BGMも控えめですし、まるで中国の世界遺産とか自然風景の良質なイメージビデオを見ているようです。時代考証もかなり頑張っています。例えば、終盤で妻夫木君演じる遣唐使が新羅経由で帰国したいと言っているのは、当時の状況をふまえたものです。この考証能力をもっと違う方向で生かしてくれればと思いましたが……

原典の「聶隠娘」とはだいぶ趣きが変わっていますが、あらかじめ原典を読んでおくとニヤリとできる要素もあります。

全般的に胡金銓(キン・フー)監督の武侠映画や王家衛(ウォン・カーワイ)の『楽園の瑕』(東邪西毒)のダメな所だけを抽出したような作品です。『英雄(HERO)』以後、映像美を追求した環境ビデオ系の武侠映画が主流となる中で、徐浩峰監督の『刀のアイデンティティ』(倭寇的踪迹)あたりからようやく新しい流れが出てきたなと思っていたところ、有名監督による2000年代に逆戻りした作品が出て来てしまい、とにかく残念です。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする