以下文は、NEWSWEEK(9月8日)の引用版(原文)ですが、著作権については、承諾なしに利用できる私的利用範囲で記しています。
強固な日米同盟の中、日本が進むべき道を暗示しているかも知れませんが、一専門家の中国観として見るべきでしょうか・・・
著者は丸川知雄氏(1964年生まれ、1987年東京大学経済学部経済学科卒業、2001年までアジア経済研究所で研究員、この間、1991~1993年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在、2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授、「現代中国経済」、「チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える」、「現代中国の産業」等著書多数)です。
経済、軍事でも世界の頂点に立とうとしている有色人種国でもある中国、白人の優位性を譲ろうとしない一部欧米等、世界は益々混沌としてきたようにも思えます。対する日本は強固な日米同盟の中、難しい舵取りになるように思えます。
ハイテク企業いじめのような戦略なき輸出管理では自分が傷つくだけだ!
2018年7月に始まったアメリカと中国の貿易戦争は、今年1月に第1段階の合意がなされて、中国がアメリカから2年間で輸入を2000億ドル増やすことに同意したことで、とりあえず一段落したように見えた。
ところが今年5月ぐらいからスマホ・通信機器メーカーのファーウェイをはじめとする中国のハイテク企業に対するアメリカの攻撃が苛烈を極めてきた。中国の経済的な切り離し(デカップリング)がにわかに現実味を帯び、日本企業がアメリカを選ぶのか、中国を選ぶのかと態度決定を迫られる日が刻一刻と近づいてきているようにも見える。
今後、アメリカと中国は新たな冷戦へ突入し、世界経済はブロック化していくのであろうか。
筆者はその可能性は小さくないと思うが、アメリカが冷静さを取り戻すことができれば、アメリカの側から新冷戦へ向かっていく動きには歯止めがかかるはずだと考える。何故ならアメリカがこの新冷戦に勝利できる可能性は、かつての東西冷戦の時に比べて格段に小さいからだ。
そう考える理由を説明する前に、2018年以来のアメリカの中国ハイテク企業に対する攻撃の経過を振り返っておこう。
まず2018年4月に、中国の通信機器大手、中興通訊(ZTE)がアメリカ製品を組み込んだ通信機器をアメリカの法律に違反してイランに輸出する罪を犯したとして、アメリカからZTEに対する部品やソフトウェアの輸出を7年間禁じる処分を下された。ZTEは2016年3月に同じ問題で同じ処分を下されていたのだが、その1年後に8.9億ドルの罰金支払い、4人の幹部の解雇、35人の従業員に対するボーナス削減を行うことでアメリカ政府と和解していた。ところが、35人の従業員に対するボーナス削減をやっていないとしてアメリカ政府は2018年4月に禁輸を断行したのである。
ZTEはスマホの主要部品が入手できなくなり、工場の操業停止を余儀なくされる危機に陥った。中国の劉鶴副首相が間に入って減刑を求めた結果、2018年7月に14億ドルの罰金支払と引き換えに禁輸措置が解除された。
一方、アメリカ下院は2012年にZTEとファーウェイの通信機器を通じて通信内容が中国に傍受されるリスクがあるのでアメリカ政府が補助金を出している通信インフラから排除するとともに、この2社によるアメリカ企業の買収は拒否すべきだとの報告書を出した。
その提言を受けて、2019年11月に連邦通信委員会(FCC)は通信のユニバーサルサービス実現のための政府補助金を受けている通信ネットワークでファーウェイとZTEの機器を使うことを禁じた。
さらに2020年6月にはこの2社をアメリカの「安全保障上の脅威」と断定し、アメリカの通信網から追放する政策を確定した。
また、2018年8月にトランプ大統領は、2019年国防権限法に署名し、これによってファーウェイ、ZTE、およびハイテラ(トランシーバーのメーカー)、ハイクビジョン(監視カメラのメーカー)、ダーファ(監視カメラのメーカー)の製品を政府機関で調達することが禁じられた。その1年後には、この5社の製品を重要な部品として、あるいは重要な技術として含むシステムを購入することも禁じられ、2020年8月にはこの5社の製品を使っている企業もアメリカの政府調達から排除するとした。つまり、日本企業だろうが何だろうが、例えば社内の監視システムでハイクビジョンのカメラを使っていたり、社内の通信システムでファーウェイの基地局を使っていたらダメであり、アメリカ政府関係に何かを売りたいのであれば、この5社の製品を使っていないことを証明しなければならないのだという。
一方、2019年5月に、ZTEと同じく、ファーウェイがアメリカ製品を組み込んだ製品を許可を得ずにイランに輸出したとして関連会社68社とともに輸出管理規則に基づく「エンティティー・リスト」に加えられた。これにより、ファーウェイはアメリカ企業から部品やソフトを購入できなくなった。
ところが、ファーウェイはZTEと違って苦境に陥るどころか2019年に売上を前年より19.1%、純利益を5.6%伸ばす強靭さを示した。ファーウェイにとって、勿論、クアルコムのベースバンドICやグーグルのアプリが使えなくなることは痛手だったが、以前からこうした状況を予期して準備をしてきたのである。
すなわち、ベースバンドICについては子会社のハイシリコンで設計し、台湾のTSMCに生産を委託して調達したし、アプリについてはヨーロッパなどのソフトウェア企業と組んでHuawei Mobile Service (HMS)という独自の生態系を作った。
ファーウェイがZTEと違って音を上げるどころか、スマホの世界シェアでサムスンを抜いて世界一になろうとしていることにアメリカ政府はいら立ちを強め、今年5月に、外国製造の直接生産物(foreign-produced direct product)なる奇怪な言葉を編み出して、要するにTSMCによるハイシリコンのICの受託生産をやめさせようとした。TSMCはアメリカの半導体製造装置を使っているからアメリカ政府の言うことを聞かなきゃならないのだ、というかなり強引な理屈である。
アメリカ政府はファーウェイら中国のハイテク企業を目の敵とし、権限が及ぶ範囲はもちろんのこと、他国の権限に属することにまで圧力を加えることで締めあげようとしている。
このうち、中国製の通信機器を通じて情報が抜き取られる、という疑惑についてであるが、本来、情報の漏出を防ぐ責任は通信ネットワークを運営する通信事業者にあるはずである。
情報漏出を防ぐためには、漏出が起きた時に政府が通信事業者を罰するのが有効であると思う。通信の専門家でもない政治家が中国製の機械は危ないから使うなと命令すれば、通信事業者は中国製を使いさえしなければいいんでしょと考えて、かえって情報の漏出防止に対して必要な対策を怠る危険性がある。
日本政府は2018年12月に民間の通信事業者らに情報漏出や機能停止の懸念がある情報通信機器を調達しないでほしいと要望した。字句通りにとらえるならば、この日本政府の対策の方がアメリカよりも適切である。
中国製品は危険なので追放したら安心だ、という論法は、2008年1月に日本で起きた、毒ギョーザ事件に端を発する中国産食品追放運動を思い出させる。当時は、スーパーの棚から中国産と表示された食品が軒並み下ろされ、中華料理屋の入り口には、当店は中国産の材料を使っていませんので安心ですという貼り紙がされた。
いうまでもなく、中国産は危険だから追放し、国産は安全だと信じるのは、偽りの安心をもたらすだけで安全はもたらさない。
国産だからといって細菌や寄生虫などへの警戒を怠れば大変なことになる。実際、2013年12月に日本の冷凍食品工場で日本人の従業員が10回以上にわたって食品に農薬を故意に付着させる事件があり、全国で3000人近くの人々がそれを食べて食中毒になった。国産だから安心だという慢心による手痛い失敗である。
輸出管理規則によってアメリカ企業から中国の特定企業への製品やソフトウェアや技術の輸出を禁じるというのは東西冷戦の時に作られた輸出管理の枠組を用いている。
第2次世界大戦が終結した直後から、アメリカとソ連はヨーロッパを東西に、朝鮮半島を南北に分割して対峙し、東西冷戦が始まった。特に1949年にはソ連が初の核実験を成功させ、中国では共産党が内戦に勝利するなどソ連陣営の攻勢が強まり、危機感を高めたアメリカはソ連陣営に対して兵器や兵器の製造に役立つ機械や材料といった「戦略物資」を輸出しないようNATO(北大西洋条約機構)に加盟する西ヨーロッパ各国に求めた。各国の輸出規制の内容を揃える調整を行うための政府間の秘密組織としてココム(対共産圏輸出統制委員会)が1949年秋ごろに作られた。まだ占領下にあった日本もアメリカによって輸出を規制され、独立を回復するやココムの一員となった。
成立した当初からココムのなかでは何を、戦略物資に含めるかをめぐってアメリカとヨーロッパ各国との間ですったもんだが続いた。ヨーロッパは経済復興のためにソ連や東ヨーロッパとの貿易を拡大したかったが、ソ連を締め上げたいアメリカは幅広い品目を禁輸にしようとしたからである。
両者の意見が鋭く対立した品目の一つが天然ゴムである。1951年にイギリスはソ連との間で、英領マラヤ産のゴムをソ連に輸出し、その見返りに穀物を輸入する契約を結んだが、天然ゴムは戦略物資だと主張するアメリカはこれを止めようとした。結局、ソ連向けのゴム輸出は止められなかったが、中国は朝鮮戦争で国連軍と対峙していたため、国連決議によって中国に対するゴム輸出が止められた。ところが、中国は国連未加盟だったセイロンから米とのバーターでゴムを輸入し、国連(アメリカ)の禁輸の裏をかくことに成功した。
1984年に起きた、西ドイツ産のデジタル式電話交換機のハンガリー向け輸出をめぐるアメリカと西ドイツの対立も興味深い。アメリカは交換機は軍事転用の恐れがあるとして輸出を拒否したが、これに怒った西ドイツの経済大臣は、この程度の機械がソ連の軍事力に転化するというのであれば、アメリカのソ連に対する小麦の輸出の方がよほど問題である、なぜならアメリカの小麦がソ連兵を養うからだ、と反論した。
このように対立が絶えなかったとはいえ、東西冷戦が続いていた間は、何が戦略物資であるかをめぐって今よりもまともな議論が交わされていた。
それに対して、いまアメリカがやっている中国のハイテク企業いじめには、いったいどのような戦略的意味があるのか説明がなされていないし、説明することもできないのではないだろうか。
クアルコムのICやグーグルのアプリは軍事転用も可能だから外国の軍用品メーカーへの輸出を禁じるというのならば理解できる。
中国は反抗的だから中国にクアルコムのICやグーグルのアプリを輸出するのは全面禁止だ、というのも米中関係を決定的に悪くするのは必定ではあるものの、理解可能である。
だが、ファーウェイに売るのはだめだが、ファーウェイと同じ中国の民生用スマホメーカーであるシャオミやオッポやZTEに売るのは特に規制しないというのでは道理に合わない。
5Gスマホは軍事転用可能な製品だから中国に持たせたくないのだろうか。それならばファーウェイだけでなく、シャオミ、オッポ、ZTEに対しても同様の規制を行い、さらにアップルの中国向け輸出も禁止し、サムスンの中国向け輸出も韓国政府に圧力をかけて止める必要があるだろう。
世界最新鋭のIC製造技術を持つTSMCの能力が利用できなくなるのは、たしかにファーウェイにとって大きな痛手である。中国国内にもICの製造を受託する企業がSMICなどいくつかあるが、SMICの能力はTSMCより5年ぐらい遅れている。ファーウェイはSMICなど中国国内の製造能力を使って高度なスマホ用ICを作る努力を行うだろうが、このままTSMCへの製造委託ができないと、中高級スマホの分野で競争力を失う可能性が高い。
ただ、アメリカが安全保障上の脅威を理由とする輸出規制という経済冷戦の手段を使って実現できる成果がせいぜいその程度のショボいものでしかないことは認識しておく必要がある。
ファーウェイは自ら5Gスマホを作る道を断たれたならば、自社の技術を他社にライセンスするだろう。その結果、中国の国民が手にするスマホのブランドはファーウェイから他社に変わるかもしれないが、いずれにせよ最新鋭の5Gスマホが入手できるのである。これで安全保障上の脅威が減じることになるのだろうか?
アメリカが中国に対して輸出管理という経済戦争に勝利できるかどうかは、アメリカおよびそれに同調する国々が、中国が他から入手できないものをどれだけ効果的に封じ込められるかにかかっている。ファーウェイを封じ込めても、中国が他からいくらでも代替品を入手できるのであれば封じ込めの効果はない。
今日、アメリカが対峙している中国は、東西冷戦の時のソ連陣営に比べて経済的に格段に強力である。1950年の時点で、アメリカは一国で世界のGDPの27%を占める圧倒的な経済力を持っており、ソ連、中国、東ヨーロッパのGDPを合計しても実質的にはアメリカの6割ほどにしかならなかった。
一方、2019年の中国のGDPは、購買力平価で測ればアメリカより10%大きい。アメリカのコロナ対策の失敗により2020年に両者の差はさらに広まるであろう。
また、1950年の時点でソ連陣営(中国を含む)が世界の輸出に占める割合はわずか8%にすぎず、うち5.4%はソ連陣営のなかでの貿易で、世界経済におけるソ連陣営の存在感は小さかった。
一方、2018年の中国は世界最大の貿易大国であり、世界の輸出の13%を占めている。世界の国々の3分の2以上は中国との貿易額の方がアメリカとの貿易額より多い。
このことが何を意味しているかというと、中国が西側から天然ゴムの禁輸に遭った時に窮地を救ってくれたセイロンのような存在になる国が今ははるかに多いということである。
このような中国を相手に経済冷戦を仕掛けるというのはまともな戦略判断に基づく方針だとは思えない。
もちろん経済冷戦になれば中国だって痛い目にあう。しかし、今や貿易額も実質的な経済規模も中国より小さいアメリカの被る痛手はそれ以上であろう。まして、輸出の2割が中国向けである日本が対中禁輸などしたらGDPの縮小は免れ得ない。
欧米がコロナ禍で沈む中、中国がいちはやく危機から抜け出したこともあり、2020年7月には中国との貿易は日本の貿易額全体の26%を占めるに至った。「デカップリング」どころか日本と中国との経済的な結びつきはますます深まっているのが現状である。くれぐれも経済冷戦には参戦しないようにお願いしたい。
(参考文献)
Adler-Karlsson, Gunnar. Western Economic Warfare: 1947-1967. Stockholm: Almqvist & Wiksell, 1968.
山本武彦「ココム実態とらえ直せ」『朝日新聞』1987年9月6日