旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

17年の長きに渡り、ネット上で連載された
旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』のアーカイブサイトです!

沖縄の芸能・歌劇

2019-07-01 00:10:00 | ノンジャンル
 「でぃかっ!芝居観ぃがー行かっ=しばゐ んーじが、いかっ」(連れだって、芝居見物に行こう)。
 戦前、那覇の人たちは日常の娯楽を芝居に求めていた。(那覇の人たち)と限定したのは、那覇にしか劇場がなかったからだ。それでも芝居好きの地方の人たちは、泊まり込み、もしくは弁当持ちで那覇に出、楽しんだ人も少なくない。
 
 東京で初めての歌劇、グノー作曲「ファースト」が、赤十字慈善演奏会でなされた折り、上野音楽学校の生徒によって上演されたのが日本初のオペラ上演ということだ。明治27年11月11日のことと、日本風俗史にある。

 沖縄の歌劇は、西洋オペラの要素はあっても様式は異なり、演者の台詞は、従来、各地方で歌われている島うたや宮廷音楽に乗せ、3、4人で演奏する三線を伴奏とした。
 沖縄には、八八六の歌詞の形式を詠んだ琉歌がある。この琉歌は、庶民が日常生活の喜怒哀楽を詠んだモノ。したがって(より理解し易く)歌劇を受け入れ易くした。
 また、三線も昔から貧富の差、身分などの差別もなく、地域を問わず、各家庭にあり、そのことも歌劇を受け入れるに拍車をかけたと思われる。
 創始は仲毛芝居(なかもう しばい)那覇在、時代で明治30年前後とされる。
 初めに手掛けたのは玉城盛政(たまぐすく せいせい)。この人物は後に歌劇創り・創作舞踊の名人と称される玉城盛重(たまぐすく せいじゅう)の兄。寸劇「あば小ぁヘイッ」「りんちゃーバーチー」など。それに感化されて役者・渡嘉敷守儀(とかしき しゅぎ)の「茶売やー」などが舞台に掛った。それらの寸劇は、たちまち評判を得て、各地方の豊年祭などの(村芝居)で、素人芝居ながら盛んに演じられことになる。
 その後、創作歌劇は隆盛期に入り、渡嘉敷守良「吉屋物語」「アカマタ―の由来記・三日月」などが長期公演をするほどであったという。
 明治44年(1911)3月3日、いわゆる季節行事「サングァチミッチャー・女の節句」には、それぞれ興行を競い合っていた中座「恋路乃文」を渡嘉敷守礼が脚色した「泊阿嘉・浦千鳥」を。球陽座では、同じく渡嘉敷守礼が手掛けた「組踊・泊阿嘉」を。沖縄座は我如古弥栄(がねこ やえい)作「歌劇・泊阿嘉」が上演された。同じ素材を当時の人気役者たちが、それぞれの劇構成で、ほとんど同時に上演した。現在、上演されている「泊阿嘉」は、我如古弥栄作とされている。

 しかし、隆盛を誇り、庶民の一大娯楽だった「歌劇」も日本が「軍国主義」一辺倒に塗りつぶされるようになると、芝居そのものに「検閲」が入り、芸題をも検閲されるようになる。
 昭和17年(1942)、「芝居興行・届出制」が布かれる。
 趣旨=「歌劇の恋愛物を禁ず」「芝居は標準語使用のこと」。
 さらに舞踊も「金細工」「加那よー・天川」「川平節」など、男女打組踊、それに恋愛的要素の内容のものは、舞台に上げてはならない。一億火の玉になって国難にあたらなければならないときに「色恋」の表現は戦意低下に通じるというものだった。歌劇も「泊阿嘉」「奥山の牡丹」「伊江島ハンドー小」「愛の雨傘」などの上演禁止。組踊「手水の縁」「執心鐘入」は不可。「二童敵討」「万歳敵討」「忠臣身替り」などと「花売りの縁」「孝行の巻」などは忠義、孝行ものだから可。舞踊「高平良万歳」「上り口節」「下り口節」「前の浜」、勢いのある二才踊りは大いによし。演劇も「大新城忠勇伝」「尚巴志物語」など、国民の精神を鼓舞するものを上演せよというものだ。

 「芝居は標準語でせよ」。
 これには役者一同困惑した。いくら国の命令とはいえ、沖縄芝居が標準語だけで出来ようはずがない。「われわれの時代は終わった」と、沖縄語だけを使ってきた古参の役者の中には、人気があったにもかかわらず引退した名優もいたという。

 では、いかように沖縄芝居の存続を図ってきたか。
 「長いモノには巻かれろ」。これに徹した。
 芝居の花は恋愛物、色恋物だが、それが法度とあれば「戦争に勝つまではっ!」と、とかくお上の届出制、検閲制に従い「芝居を続けよう」と、軍部の奨励する戦意抑揚ものを創作した。
 「母の魂」「恩賜の煙草」「銃後の妻」「隣組」といった時局物を無理やり創作、舞台に掛けて糊口をしのいだのである。

 こうした経緯があって「沖縄口」自体が絶滅語に追いやられたことを重々、知っておかなければならない。
 現在、沖縄俳優協会、琉球歌劇保存会など舞台関係の組織もあるにはあるが・・・・。
 キナ臭い世の中が続くと、お上からの統制・強制が日常茶飯事になり、大衆文化は消滅の一途をたどるということか・・・・。