旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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浜下り・サングァチー女の季節

2016-04-09 21:16:00 | ノンジャンル
 各種の花まつり、早々の海開き。県花のデイゴも深紅の花を咲かせて、沖縄は、すっかり春。いや、若夏の気配に包まれている。
 新暦4月9日は旧暦の3月3日にあたり各地で「浜下り・はまうり」行事がなされた。
 現在では、海浜や川辺への家族そろってのピクニック、潮干狩りが主になっているが、元来は女たちが海や川に出かけ渚の波、流れの真水で身を清め「女の健康」を祈願する行事であった。つまり「女の節句」。したがって主役は女性。男たちは家に残り、炊事洗濯はもちろん、子守りをする「女性解放の日」なのである。日ごろ関白亭主もこの日ばかりはカカァに天下をゆずる。
 沖縄本島ではこの日を「サングァチサンナチー」「サングァチー」「サングァチャー」「浜下り・はまうり」。宮古島では「サニツ」「シャニツ」、八重山では「サニジ」と称している。本土の「桃の節句」「ひな祭り」にあたるのだろうか。本土では草や紙で人形(ひとがた)を作り、それでもって女の子の身体をなでて邪気を乗り移らせて川や海に流す「流し雛」に各地に残っているようだ。
 沖縄では人形ではなく自分自身が海辺、川辺に出かけているところが本土とは異なる。川岸で身を清め、若草を踏んで遊ぶ中国の習慣が日本、沖縄に伝わり、それぞれの地域、風土に合った様式に変化したようだ。

 各地の「サングァチーの馳走」などを拾ってみよう。
 ◇首里。
 *近くの湧水池龍潭。崎樋川に出かけたというが定かではない。
 馳走は豪華だ。重箱にクーペータマグ(紅梅卵)、豚三枚肉、豆腐とキクラゲをすり鉢で摺り、団子にして揚げたウジラ豆腐。これは団子が鶉(うずらの卵)状だったことからの命名という。揚げ素麺、卵の黄身いりの蒲鉾(カシティラーカマブク)、魚の天麩羅、サングァチ・グァーシ(三月菓子)などなど。

 ◇那覇。
 *海が近いだけに浜下りは華やか。住吉海岸、崎樋川海岸、薬師堂海浜など。
 馳走は三月菓子、よもぎ餅、クーブマチ(昆布巻き)、花烏賊、天麩羅など。潮干狩りをしたり、白浜に筵を敷き、馳走を並べ、歌舞を楽しむ一方、借り切った屋形船を潮の流れにまかせ、歌舞三昧の1日を過ごす。その舟のことを通称流り舟(ナガリブーニー・ナガリブニ)といい、すれちがう他の舟の女たちと、鼓を打ち鳴らしながら華やかさを競うガーエーがなされた。自慢が過ぎて、時には悪口を投げ合ったが、それも恒例の口喧嘩で大ごとにはならない。
 また、村屋(地域の公民館)に女性だけが参集しての「三月遊び」が3日間催されたほか、劇団華やかなころは、劇団を借り切っての芝居見物を成し、役者衆もそれに応えた演目を組んだ。昭和40年代まではそれも見られたが、いまではその例を見ない。
 *国頭比地(ひぢ)や大宜味村。
 謝名城(じゃなぐすく)などでは、岸辺のサングァチマー(三月庭)と称する広場に人びとが集まり歌舞とともに、主に豚料理に舌鼓みを打つ。また、新春早々に生まれた幼児のお披露目をし、近年は学事奨励会を行っている。
 
 ◇沖縄中部。
 *うるま市勝連平安名では、幸地浜の三月毛(サングァチモウ・遊び庭)で、村の祭祀を司るノロ(祝女)や神職を中心に村びと揃って健康祈願をしたあと三月クェーナー(神歌)を斉唱。歌舞に参加したり、潮干狩りを楽しむ。

 ◇宮古・八重山
 *よもぎ餅を神仏に供え家内安全、無病息災を祈願した後、浜へ向かう。潮や白浜にふれることによって「身の浄化」を図った。
 宮古島では、海辺に行けない高齢者や病人、幼児のために砂や海水を持ち帰る慣わしがある。

 ◇うるま市平安座。
 *特記すべき儀式がある。
 この日、島のノロや住民ほとんどが集い、3日間かけて豊漁、海の安全を祈願。さらに海で亡くなった人びとを弔うことを忘れない。
 トゥーダぬイユー(銛の魚)の儀式は他所では見られない。
 「ちょうの浜」と呼ばれる地域内の広場で、漁具のひとつ銛(もり・トゥジャ)で突いたタマン(和名ハマフエフキ鯛)を持って踊る儀式だ。
 儀式の開始は女たちが円陣を作り、歌に合わせて踊るウスデーク(臼太鼓)があり、やがてノロが神歌をささげる。それに続いて小鼓の音とともにノロが立ちあがり、銛でタマンを突き刺し、それを高く掲げて踊る。それが終わると総出のカチャーシー
 儀式はさらに続く。干潮時を見計らい、旗頭を先頭に干潟を渡る。向かう先は島の東1キロの海中にあり、ナンザと呼ばれる巌礁。これはナンザモウイ(ナンザ詣)と言い、海の彼方ニライ・カナイの神に海の安全と豊漁を祈願する催事。数平方メートルかない巌礁の頂上で、男女の島代表が海に向かい酒や米、蛸等を供え豊漁祈願をする訳だが「女の行事」に、男が参加する異例の浜下りと言えそうだ。かくて水は温み、海は光、沖縄は一気に夏へ走る。