旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

17年の長きに渡り、ネット上で連載された
旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』のアーカイブサイトです!

仰げば尊し わが師の恩

2016-04-01 00:10:00 | ノンジャンル
 書斎とは名ばかりの2階の部屋。3つのガラス窓をすべて開けて風を通し、煙草に火を点ける。
 辺りの雑木の枝に遊ぶ風がみどり色に見える。耳にはスーサー(ひよどり)の声が快い。500メートルほど離れた小学校の校舎や校庭に、子どもたちの姿は見えないが、新学期を迎える雰囲気がなんとなく感じられる。鼻歌を出している自分i気付く。
 ♪仰げば尊しわが師の恩~教えの庭にも早や幾歳~??
 そのあとの歌詞が出てこないのである。
 「仕方ないか。オレの小学校、中学校は半世紀プラス10年ほど前だものなぁ。昭和20年の9年間。テントや茅葺教室に裸足もしくは下駄履きで通い、ガリ版刷り代用教科書と米軍払い下げのタイプライター用紙、それも使用済みのそれを親父が紐で綴じたノート1冊。これもまた米軍提供の鉛筆と安全剃刀と称する(鉛筆削り)をHBT(草色の米軍野戦服)を加工した筆入れをカバンに納めて登校した。もちろん、カバンもHBT製。のちに筆入れはブリキ製にかわった。石油缶や大きめの缶詰の空缶を巧みに切り曲げて、日用品やランプなどを作る(ブリキ屋)が近くにいて繁盛していた。そこのオヤジは、確か(城田さん?)。加工工程が少年には珍しく、学校の行き帰り、その手仕事を飽きもせず、見学していたものだ。ボクの筆入れが布製からブリキ製になったのは城田さんと顔見知りになったある日。‟これをやろう”と、売れ残りか失敗作らしいモノをくれたからだ。小学校低学年まではそれを宝物にしていたっけ・・・」。
 ひとつ紫煙を吐いて、またぞろ鼻歌になる。
 ♪仰げば尊しわが師の恩~教えの庭にも早や幾歳~??
 やはりあとが出てこない・・・・。

 恩師。
 何人かの恩師を偲んでみるのだが、しばらく前まではあざやかだった(恩師の実像)が瞼の裏にさえぼやけてしまっている。さもありなん。その先生方は明治後半、大正、昭和、それも1桁を生年とする方々・・・・。ほとんどが、あの世に転勤なさっているのだから・・・・。ボクが恩知らずなのか、時の流れが残酷なのか。

 見出し「92歳の恩師の畑にひまわり」という新聞記事を見つけた。3月18日付沖縄タイムス紙だ。
 {名護市発}92歳の恩師の畑に、78歳の元教え子がヒマワリを咲かせた。
 「先生に見せたくて」「今までで1番のプレゼント」。
 名護市饒平名の屋我地小学校近く、約500平方メートルの畑で感謝の黄色い花が満開になっている。
 石川米子さん(92)は、上原俊彦さん(78)が屋我地中学校時代の恩師。現在は西原町在住で時折帰っては雑草のチガヤ(方言名マカヤ・真萱)が茂る畑をみてさびしい思いをしているという米子先生のことを知った。それを聞いた上原さんは一念発起。昨年11月、チガヤを撤去し、耕運機で畑を耕して約4キロの種をまいた。妻の英子さん(77)は丁寧に土をかぶせ、散水した。
 上原さんに呼び寄せられ、ヒマワリ畑を見た石川さん。「チガヤだらけの荒地に人々を喜ばせるようになった。ちゃんと手入れしないと花はきれいに咲かない」と感激した。
 屋我地小4年生14人も一緒に見学した。花城友芽さんは「私たちの花壇より花の色がとてもきれい」。松本世凪君は「全部きれいに咲いている」と笑顔。上原さんによると、見ごろは3月いっぱいという。(玉城学通信員)

 「貴方には恩師とは言われたくない!」
 そんな言葉が返ってきそうな先生がいる。高校2年のころだったか。英語担当の比嘉和子先生だ。
 生意気盛りで(えーカッコしー)が得意だったボクは、英語の授業中、和子先生の声なぞ耳に入れず、読んでもよく理解できない太宰治の「人間失格」を英語の教科書に挟んで(文学少年?)を決め込んでいた。それが発覚したのである。和子先生は、ボクの「人間失格」を取り上げて言った。
 「わたしの授業がそんなにつまらなかったら、教室を出て行きなさい!」
 ボクは反論を持たない。むしろ反抗を正当化。クラス中の視線を背中に受けながら教室を出、近くにあった旧城跡の松の下に寝ころび、オレの文学的才能はどうなるのだ!なぞと和子先生を恨みながら、流れる雲に己の行く末を託していた。後日、和子先生に呼び出され、太宰治は返してもらったが、その折のひと言をいまでも覚えている。
 「上原クン。いま少し素直になったほうがいいわよ。私のことは嫌いになっても、英語は嫌いにならないでね」。
 和子先生の目に光るものがあった。
 以来、和子先生に逢うことを得てないが、いまでも胸にツンとくる記憶だ。
 記憶はすばらしい。過去のことをひとつひとつ引き出して、過去が過去ではなくなる。

 煙草もすっかり灰になった。小学校のグランドには、いつの間にか黄色い声とパットノックの音が飛び交っている。野球の練習が始まったらしい。階下から食事を促す家人の声がする。開けた窓をそのまま風の通り道にして立ちあがり、またぞろ鼻歌。
 ♪仰げば尊しわが師の恩 教えの庭にも早や幾歳~思えば~?思えば~?
 やはりあとが続かない・・・・。どなたか教えてくれまいか。