旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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若夏・生きものの季節

2014-04-19 23:33:00 | ノンジャンル
 「今年初めてガジャン(蚊)に刺された」。
 この女性。よっぽど寒さに弱いのだろう。蚊に刺されたことをさほど苦にせず、にこやかに話ししていた。
 夜。部屋の風通しをよくしようと、ガラス窓を半分ほど開けていると蛍光灯の明かりを慕って小さな虫がいつの間にか入ってくる時候になった。さすがにガジャンとの対面はまだないが、そろそろその対策をしなければなるまい。
 確かにもろもろの生きものたちが蠢動仕始めた。小さな庭の木には、幼鳥たちがやってきて、若々しい発声をしているし、そこいらの草むらには孵ったばかりの名も知らぬ虫たちが、陽のひかりを楽しんでいる。
 人もまた、野外に出る。(生きものの季節)はいいけれども、人は海に出て潮干狩りをし、山に入っては若木を折ったり、小鳥を捕獲したりする。これが(生きものたち)には至極迷惑。いや、生命の危機である。寒い冬を耐え抜き、さあ、わが世を謳歌しようとする矢先、人びとの行楽の余興程度に扱われては、たまらないだろう。
 しかし、人も心ない行為ばかりしているのではない。
 ちゃんと「山止み海止み=やまどぅみ うみどぅみ」という年中行事を一般化した。
 旧暦4月から5月中旬までは、一般人が森林に入って、殊に若木を目的もなく伐採したり、海辺に出て雑魚、稚貝を獲ってはならないとする禁止令だ。いわば、いま施行されている自然保護法である。この禁を侵すと台風が多発する。五穀の不作、害虫の大量発生、果てはハブ被害に遭うなどなどの(物忌み)を下した。
 余談ながら・・・・。
 去る4月2日は旧暦の3月3日に当たり「浜下り=はまうり」行事があった。中国や本土では「桃の節句」。年齢を問わず女たちは、一斉に海浜に出て馳走を成し、歌舞に打ち興じ、さらには白砂を踏むことによって身の清めとした。那覇などでは若狭町沖合い、那覇湊湾内、漫湖に(流り舟=ながりぶに)と称する舟を浮かべて女たちが乗り込み、これまた馳走、歌舞を楽しんだが、現在はまるで成されていない。その日、男たちは留守はもちろん家事一切、子守りを引き受けて、女たちを完全開放した。沖縄の男たちは、かように優しいのである。
 桃の節句は、いわば(桃)という山のモノを愛でるが、沖縄では海に遊ぶ。寒暖の差が行事の有り様を異にしていると言えよう。
 ところで。
 「浜下り」の日が晴天になると海浜のチンボーラー(小型の巻貝)は、嘆くという。
 浜に出た人たちによって獲られるからだ。魚のように人間の手からの逃走手段を持たないチンボーラーにとって人間は最大の敵かも知れない。獲ったそれは茹いて食するのだから・・・。が、そこはよくしたもので「春の晴れた日は、海の生きものにとっても繁殖生育の時。チンボーラーを嘆かせてはなるまい。潮干狩りもほどほどに」とする「浜下りの日の晴天は海のチンボーラーが嘆く」なる言葉を生み出したのだろう。行楽の際でも、生きものへの心配りを忘れない沖縄人は、やはり優しい(自画自賛)。

 春は生きものたちの恋の季節でもある。このことは人間も例外ではない。
 解放的になった女童(なあらび)が詠んだ歌がある。

 ♪比謝橋ぬ潮や 水逢ちゃてぃ戻る 我身や里逢ちゃてぃ 今どぅ戻る
 〈ひじゃばしぬ うすや みじいちゃてぃ むどぅる わみや さとぅいちゃてぃ なまどぅ むどぅる

 *里は、男に対する美称。彼氏。思いびと。
 *比謝橋は、嘉手納町と読谷村の境に架かる橋。
 比謝川は、西の沖縄市に源を発し、嘉手納町屋良辺りで比謝川となり、東の海へそそぐ。流路延長17,5km。満潮時には、海水が比謝橋をくぐり、川水と合流する。女童は、そのことと自分の(愛の交歓)を重ね合わせている。
 歌意=比謝橋の下を流れる潮は満潮時には上流の真水に逢って、水との語らいを満喫して再び海に戻る。私は夜のいい潮時に彼氏に逢って恋を語り、いま戻るところなの。
 そのことを誰に言ったのか。野暮な詮索はすまい。誰に語るものか。女童は自分に向かって叫んでいるのだ。比謝川べりの何処で二人は語らったのか。いやいや、それも詮索するのは粋ではない。その秘密の場所を知っているのは女童と彼氏と比謝川で合流した潮と真水と中天にかかる春の月だけでいいではないか。

 いまの比謝橋界隈には(語れ所=かたれ どぅくる)はない。なにしろ、昼夜問わず交通量が多く、徒歩で渡るのも憚られる。
 しかし、1カ所だけ訪ねてほしいところがある。
 比謝橋を嘉手納町から読谷村へ向け渡り切った右側奥に{幸地亀千代師の胸像}がある。
 幸地亀千代=1896年3月4日~1969年9月25日。嘉手納町水釜生。古典音楽の大家。野村流古典音楽協会会長を務め、戦後の琉球芸能界に多大な功績を残し{名人}の称号がある。現在、教則本とされている「組踊工工四」「舞踊曲工工四」「声楽譜付工工四」などを編纂。
 幸地亀千代師の胸像を発見した後、比謝川界隈を散策してみるのもいい。昔の恋人たちの(隠れ遊び)の場所もおおよそ見当がつくかも知れない。己の恋心にも火がつくだろう。
 そこまで想像を膨らませることができるのも{陽春}のせいだろう。

 ※北村三郎・芝居塾「ばん」13期公演
  期日:4月29日(祝) 午後6時45分開演
  場所:沖縄市民小劇場あしびなー
  入場料:2,000円
  お問い合わせ先:(有)キャンパスレコード tel 098-932-3801