3月下旬。
確かに陽は長くなり、ティーダ(太陽)の輝きも鮮明になってはきたが、寒さを押し退けるほどの力は発揮していない。行きかう人びと、
「もうすぐ温かくなるね」。
そう挨拶はするものの、その「もうすぐ」が簡単にはやってこない。「もうすぐ」に期待して、3月の声とともに「もうすぐ!もうすぐ」を連発してきた人も、その言葉に飽きたかして、
「われわれがあまりにも春を引き寄せようとするのが、自然の神の機嫌を損ねて、温かさを出し惜しみしているのだろうよ。“もうすぐ”は口にはせず、いましばらく、こらえていようよ」と言うようになった。春も人間の都合通りにはやってこないもののようだ。そこで神さまには知れないように、秘かに(春の琉歌)を拾い集めて(春の気分)を先取りすることにしよう。
♪梅ぬ花笠や 深山鶯ぬ 晴り間無ん雨ぬ 頼ゐなたさ
〈んみぬ はながさや みやま うぐゐしぬ はりまねん あみぬ たゆゐなたさ〉
歌意=“わか世の春”を里びとに告げようと、奥山で巣立った鶯はやってきたことだが、里は止むことを知らない春雨・・・・。しかし、鶯の訪問を待ちかねて咲いた梅は満開。その枝の下はまるで花笠のようで、鶯が雨宿りをする(いい頼み)になった。
「わが庭の梅の木陰で雨をしのぐ鶯よ、濡れてはいけないよ。今日はここを宿にするがいい」と、鶯に語りかけた詠者。なかなかの風流人。鶯もまた返礼に(ホーホケキョ!)と三声、五声鳴いたにちがいない。
自然描写もさることながら、鶯を男性、梅を女性として解釈してみるのも面白い。さしずめ雨は(世間の目)と言うところ。
人目をさけて思いびとのもとにやってきた男。女もまた待ちかねていたかして、温かく迎え入れた。そこはもう梅の香りに包まれた花笠のもとの世界、愛の世界だろう。早春は恋の季節である。
♪思みなしがやゆら 何時ゆゐんまさてぃ 花ぬ影映す 月ぬ清らさ
〈うみなしがやゆら いちゆゐんまさてぃ はなぬかじ うちゅす ちちぬ ちゅらさ〉
*思みなし=思いなし。気のせい。
歌意=気のせいだろうか。花を照らし映す今宵の月。いつもの春の月とは異なり、一段と清らかで美しい。
詠者の繊細な感性は、さらに心にとどく。早春の宵、花も美しいだろうが、それを愛でてそぞろ歩く人影も絵になる。歌人与謝野晶子は、京都の春の夜桜見物に出かけたおり、1首を詠んでいる。
“円山の祇園の夜桜清く 今宵会う人みな美しき”
彼女はひとりで出掛けたのか。それとも夫鉄幹と二人連れだったのか。それによっても月、花の美しさは異なるだろう。月がどんなに照り映えても、花がどんなに色鮮やかに咲いていても、一人で愛でるのは、いかにも味気ない。やはり美しいモノは複数で同時に共有、共鳴仕合ったほうがいい。それが愛する人とふたりだけなら(月、花〉はなお美しい。
こんなことを詠んだ琉歌がある。
♪照り清らさあてぃん 咲ち清らさあてぃん 誰とぅ眺みゆが 月ん花ん
〈てぃりぢゅらさあてぃん さちぢゅらさあてぃん たるとぅ ながみゆが ちちんはなん〉
早春。心地をよくしてくれるのは月、花ばかりではない。春雨もまたいい。
♪珠散らすゆゐん まさてぃ嬉しさや しみじみとぅ降ゆる 春ぬ夜雨
〈たまちらす ゆゐん まさてぃ うりしさや しみじみとぅ ふゆる はるぬ ゆあみ〉
*珠=宝石のこと。珠玉。この場合「真珠」と特定すると情景が感受仕易い。
歌意=歌びとは部屋の中で暖を取っている。そとは雨・・・・。夏の雨とは異なり、しみじみと降る春の夜雨。まるで真珠をまき散らすようでなんとも心地よい。春近かを知らせてくれるようで嬉しくなる。
詠者は尚鷺泉(しょうろせん)と号する王家尚氏の末裔。書画骨董に通じ、詩歌、絃歌、文芸をよくした風流人。殊に園芸は自らの邸宅に造園をなし、四季折々の花、樹木を植栽して人びとの目を楽しませていた。さすが王家直系らしく、晩年はもっぱら風雅の道を歩んでいたが、沖縄戦に没した。
♪便ゐ押す風ぬ 吹ち回ぁし回ぁし 隣ゐ咲く梅ぬ 匂いぬしゅらさ
〈たゆゐ うすかじぬ ふちまぁし まぁし とぅなゐ さくんみぬ にうぃぬ しゅらさ〉
*吹ち回ぁし回ぁし=吹いては止み、止んでは吹く(薫風)。
*しゅらさ=すばらしいの意。すーらーさとも言う。
歌意=隣家の庭に梅が咲いたらしい。それを知らせるかのように吹いては止み、止んでは吹く早春の風が香りを運んできてくれる。奥ゆかしいことこの上もない。
桜、梅、ひまわり、つつじ。そして外来のイペー、カエンカズラなどなど沖縄は花の香りに包まれている。渡り鳥たちも、あちこちの湿原、湖、海辺にしばし羽をやすめ、北へ南へ渡り始めている。
「もうすぐ本格的な春だ!」
いやいや!この時点では「もうすぐ」なぞとは口にすまい。神さまが意地悪をして春を遅らせるかも知れない。花鳥風月を楽しみ、入園、入学、進学を心待ちにしている近所の童たちの明るい声に春を待とう。
筆者の部屋の南向きのガラス窓は開け放ってあるが、確かな春風が遠慮なく訪ねてきてくれている。
※3月下旬の催事。
*第6回沖縄国際映画祭
期間:3月20日(木)~24日(月)
場所:沖縄コンベンションセンター周辺
*ON -NA-GO海開き2014 in 喜瀬ビーチ
期間:3月29日(土)
場所:喜瀬ビーチ
確かに陽は長くなり、ティーダ(太陽)の輝きも鮮明になってはきたが、寒さを押し退けるほどの力は発揮していない。行きかう人びと、
「もうすぐ温かくなるね」。
そう挨拶はするものの、その「もうすぐ」が簡単にはやってこない。「もうすぐ」に期待して、3月の声とともに「もうすぐ!もうすぐ」を連発してきた人も、その言葉に飽きたかして、
「われわれがあまりにも春を引き寄せようとするのが、自然の神の機嫌を損ねて、温かさを出し惜しみしているのだろうよ。“もうすぐ”は口にはせず、いましばらく、こらえていようよ」と言うようになった。春も人間の都合通りにはやってこないもののようだ。そこで神さまには知れないように、秘かに(春の琉歌)を拾い集めて(春の気分)を先取りすることにしよう。
♪梅ぬ花笠や 深山鶯ぬ 晴り間無ん雨ぬ 頼ゐなたさ
〈んみぬ はながさや みやま うぐゐしぬ はりまねん あみぬ たゆゐなたさ〉
歌意=“わか世の春”を里びとに告げようと、奥山で巣立った鶯はやってきたことだが、里は止むことを知らない春雨・・・・。しかし、鶯の訪問を待ちかねて咲いた梅は満開。その枝の下はまるで花笠のようで、鶯が雨宿りをする(いい頼み)になった。
「わが庭の梅の木陰で雨をしのぐ鶯よ、濡れてはいけないよ。今日はここを宿にするがいい」と、鶯に語りかけた詠者。なかなかの風流人。鶯もまた返礼に(ホーホケキョ!)と三声、五声鳴いたにちがいない。
自然描写もさることながら、鶯を男性、梅を女性として解釈してみるのも面白い。さしずめ雨は(世間の目)と言うところ。
人目をさけて思いびとのもとにやってきた男。女もまた待ちかねていたかして、温かく迎え入れた。そこはもう梅の香りに包まれた花笠のもとの世界、愛の世界だろう。早春は恋の季節である。
♪思みなしがやゆら 何時ゆゐんまさてぃ 花ぬ影映す 月ぬ清らさ
〈うみなしがやゆら いちゆゐんまさてぃ はなぬかじ うちゅす ちちぬ ちゅらさ〉
*思みなし=思いなし。気のせい。
歌意=気のせいだろうか。花を照らし映す今宵の月。いつもの春の月とは異なり、一段と清らかで美しい。
詠者の繊細な感性は、さらに心にとどく。早春の宵、花も美しいだろうが、それを愛でてそぞろ歩く人影も絵になる。歌人与謝野晶子は、京都の春の夜桜見物に出かけたおり、1首を詠んでいる。
“円山の祇園の夜桜清く 今宵会う人みな美しき”
彼女はひとりで出掛けたのか。それとも夫鉄幹と二人連れだったのか。それによっても月、花の美しさは異なるだろう。月がどんなに照り映えても、花がどんなに色鮮やかに咲いていても、一人で愛でるのは、いかにも味気ない。やはり美しいモノは複数で同時に共有、共鳴仕合ったほうがいい。それが愛する人とふたりだけなら(月、花〉はなお美しい。
こんなことを詠んだ琉歌がある。
♪照り清らさあてぃん 咲ち清らさあてぃん 誰とぅ眺みゆが 月ん花ん
〈てぃりぢゅらさあてぃん さちぢゅらさあてぃん たるとぅ ながみゆが ちちんはなん〉
早春。心地をよくしてくれるのは月、花ばかりではない。春雨もまたいい。
♪珠散らすゆゐん まさてぃ嬉しさや しみじみとぅ降ゆる 春ぬ夜雨
〈たまちらす ゆゐん まさてぃ うりしさや しみじみとぅ ふゆる はるぬ ゆあみ〉
*珠=宝石のこと。珠玉。この場合「真珠」と特定すると情景が感受仕易い。
歌意=歌びとは部屋の中で暖を取っている。そとは雨・・・・。夏の雨とは異なり、しみじみと降る春の夜雨。まるで真珠をまき散らすようでなんとも心地よい。春近かを知らせてくれるようで嬉しくなる。
詠者は尚鷺泉(しょうろせん)と号する王家尚氏の末裔。書画骨董に通じ、詩歌、絃歌、文芸をよくした風流人。殊に園芸は自らの邸宅に造園をなし、四季折々の花、樹木を植栽して人びとの目を楽しませていた。さすが王家直系らしく、晩年はもっぱら風雅の道を歩んでいたが、沖縄戦に没した。
♪便ゐ押す風ぬ 吹ち回ぁし回ぁし 隣ゐ咲く梅ぬ 匂いぬしゅらさ
〈たゆゐ うすかじぬ ふちまぁし まぁし とぅなゐ さくんみぬ にうぃぬ しゅらさ〉
*吹ち回ぁし回ぁし=吹いては止み、止んでは吹く(薫風)。
*しゅらさ=すばらしいの意。すーらーさとも言う。
歌意=隣家の庭に梅が咲いたらしい。それを知らせるかのように吹いては止み、止んでは吹く早春の風が香りを運んできてくれる。奥ゆかしいことこの上もない。
桜、梅、ひまわり、つつじ。そして外来のイペー、カエンカズラなどなど沖縄は花の香りに包まれている。渡り鳥たちも、あちこちの湿原、湖、海辺にしばし羽をやすめ、北へ南へ渡り始めている。
「もうすぐ本格的な春だ!」
いやいや!この時点では「もうすぐ」なぞとは口にすまい。神さまが意地悪をして春を遅らせるかも知れない。花鳥風月を楽しみ、入園、入学、進学を心待ちにしている近所の童たちの明るい声に春を待とう。
筆者の部屋の南向きのガラス窓は開け放ってあるが、確かな春風が遠慮なく訪ねてきてくれている。
※3月下旬の催事。
*第6回沖縄国際映画祭
期間:3月20日(木)~24日(月)
場所:沖縄コンベンションセンター周辺
*ON -NA-GO海開き2014 in 喜瀬ビーチ
期間:3月29日(土)
場所:喜瀬ビーチ