旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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歌い分け・かじゃでぃ風節=その5

2011-04-10 00:06:00 | ノンジャンル
 「50過ぎてから、久しくなるよ」
 某所で逢った老女。あまりにもはつらつとした言動に魅かれて、年齢を聞いたのに対する返事がこれだった。瞬時をおいて、同席していた人の耳打ちで知ることになるのだが、老女は大正11年生の89歳だそうな。
 「お幾つですか」の問いに、まともに「89歳」とは答えず「50過ぎてから、久しくなるよ」と即答するこの洒落っ気。ひょっとすると、この老女の若さの秘訣は、ここにあるのではないかと、感じ入ったしだい。確かに89歳は、50歳を過ぎて久しくなるのだから、老女はサバをよんだのでもなんでもない。(ほんとうのことを言った)まで。会話の楽しみ方を教えてもらった。
 「爺は幾つになったの」と、この春中学生になる孫に問われた私は応じる。
 「72歳と6ヵ月。この歳は、誰でもなれる。キミたちもなってみるがいい。誰でもなれる72歳に、キミたちがなれないわけはない」
 孫は「ふ~ん」と言っただけで反応が薄い。私の返答は屁理屈色が濃く、洒落心も見えず、ただただ、いつもの説教くさいそれになって、孫の心には届かなかったようだ。人間修業が足りない・・・・反省。

 【九十七歳・カジマヤー祝儀歌】
 symbol7七橋ゆ渡てぃ 七・四辻超ちょてぃ 誠カジマヤーや 神ぬ御祝  
 <ななはしゆ わたてぃ なな ゆちじ くちょてぃ まくとぅカジマヤーや かみぬ うゆえ
 
カジマヤーは、風車の意。
 人間、三途の川にたどり着くまでには、人の世に架かる複数の橋を渡らなければならない。また、幾つもの四辻、つまり人生の十字路を多くの人びとと交わりながら、生きなければならない。したがって(七)は、限定された数できなく、並々ならぬ艱難辛苦・喜怒哀楽を意味していて、97歳に達するまでにはそれらを乗り越えてきたことを表わす(七)である。
 〔歌意〕
 人間らしく、人生という川に架かった幾つもの橋を渡り、多くの人びとが通る十字路を往来して、97歳になった。これからは、童心に孵って風車遊びをするほどの若返りを果たすとした。これは、正に神の守護による人生最高の祝儀である。

 かつて、食料事情も悪く、まして風邪引きひとつ迷信的民間療法に頼っていた時代は、新生児の死亡率が高かった。ゆえに人びとは、神の力を借りなければならない。
 生まれた子が5歳、7歳になるまではわが子にしてわが子にあらず。天から預かった「童神」として細心、丁寧に育てた。その念願が叶って5歳、7歳にもなり、亜熱帯の植物阿檀<アダン>の葉で作ったカジマヤーを回して広場や野原を走り遊ぶわが子の姿を見たとき、親は(一人前に育つ)ことを確信した。97歳は、その〔童神=わらびがみ〕に還ったとして、子や孫たちは盛大な祝儀をするのである。
 しかし、さらに古くは97歳の長寿は皆無に等しかったため、稀にこの歳に達した者は、あの世に行く準備「後生支度=ぐそうしたく」をし、生きながら本葬儀のしきたり通りの模擬葬儀をした。その際には、仏前での儀式のあと、木製の車に乗せて墓に連れて行く。一応の人生は〔終わった〕とする考え方だ。さすがに、そのまま墓に入れることまではしない。童神への蘇生の儀式と言えるが、その一行を迎える近隣の人びとは皆、目をそむけ行列を避けた。老人がこの先、長生きをするにはその分だけ、誰かの寿命が縮むという観念があってのことだ。
 しかし、時代とともに敬老思想が高揚。現在では、長寿肖り<あやかり>の行事になっている。むしろ、人びとも自分たちの周囲から97歳の長寿者が出たことを〔人間関係と環境がよい証〕と認識。家族も〔親孝行の賜もの〕として大いに誇るようになっている。本人もまた、人生の七つの橋を渡り、七つの四辻を超えた充実感を噛み締めながら、人びとに長寿の幸福を授ける役に就くのである。
 童歌風には“花ぬカジマヤーや 風連りてぃ遊ぶ 我身や孫連りてぃ 共に遊ぶ”と歌われる。風車は風を伴って勢いよく回り遊んでいる。わが身は孫たちと人生を謳歌する。〔なんと幸せなことか〕という長寿者ならではの心情が読み込まれているのだ。

 孫に「坊は大きくなったら何になるの」と聞いたら「お医者さん」と答えたあと「お爺ちゃんは、大きくなったら何になるの」と問い返された。しばし悲哀を覚えながら「仏さん」と言うと孫は「イヤだっ!」と泣いた。
 永六輔氏の著書にそんな一文がある。いい光景ではないか。

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 上原直彦・北村三郎
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 「ばん」塾10回節目公演
  日時:2011年4月29日(金)
     午後7時00分開演
  場所:沖縄市民小劇場 あしびなぁー