旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

17年の長きに渡り、ネット上で連載された
旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』のアーカイブサイトです!

十二支シリーズ③ 辰・巳

2010-02-18 00:20:00 | ノンジャンル
 2月14日。沖縄人は「沖縄正月=うちなーそぉぐぁち」と言い切る陰暦の「正月」を祝った。陽暦にはあてはまらない季節感の中のアジア圏。しかも、南北に長い日本列島のさらに南に位置する沖縄では、大自然の移ろいに逆らわず陰暦陽暦が仲良く同居して諸行事を楽しんでいる。したがって、陰暦のこの日をもって沖縄は[亜熱帯の新年]を迎えたことになるが、今年は陽暦行事のバレンタインデーと重なって、一段と華やかな一日となった。
 では、十二支シリーズの先を急ごう。

 ※たつ【辰】十二支の第5。方言読み=たち。辰の刻は今の午前7時から9時までの2時間。
 辰・竜は伝説上の動物。大方は大蛇や大トカゲの胴体に翼や角、そして猛獣・猛禽の頭などがついた怪獣。口から火を吐く。一般に西洋の竜は悪の象徴だが東洋の竜は、吉兆を表すとともに生命力や強者を代表している。力量に格差がない・優劣つけがたい者同士を意味して、その両者が真剣勝負をすることを「竜虎相搏つ」と言い、竜はその一方で勇である。人名にも[辰・竜]は多く見ることができる。幕末の志士坂本竜馬をはじめ、時代劇のヒーロー江戸の町火消し・め組の辰五郎、歌舞伎の辰之助などなど男伊達を誇っている。
 仏教ではコブラを意味するし鳳・麟・亀とともに四霊のひとつの竜は、雲を呼び雨を呼ぶ霊力があるところから登竜門、独眼竜、飛竜などの言葉になって勢いがいい。首里城の守禮門脇の噴水「龍樋」は、権威と縁起を込めて命名されたという。
   
     「龍樋」

 ※竜の雲を得るが如し=英雄・豪傑が時機を得て活躍するさま。
 ※竜の髭を蟻が狙う=力量、才能もないのに及びもつかないことをしたり、強い者に反抗するたとえ。
 ※竜は一寸にして昇天の気あり=長じて優れているものは、幼少のころから非凡な素質を発揮していることのたとえ。

 友人Eの妻女は辰年生まれで辰子さん。
 「名は体を表すとはよく言ったものだ。鼠年生まれのオレでは、まるで歯が立たない」と、日毎嘆きのセレナーデを奏でているEではある。

 ※み【巳】十二支の第6。巳の刻は今の午前9時から11時。方角=ほぼ南々東。
 南寄りの風は[やふぁやふぁ=柔々」と吹く。中国や東南アジア諸国との交易で栄えた琉球国。そこからの帰還の際、帆船を推進したのは巳の風と午の方角から吹く真南風だった。季節的には3、4月ごろ。薩摩への官船も南風を動力としたのは言うまでもない。したがって、薩摩からの帰路や中国、東南アジアへの往路は9、10月ごろに吹き始めるニシカジ〈方風〉である。祝い歌「めでたい節」「祝い節」あるいは「安波節」にも、巳の刻は、午の刻とともに詠み込まれている。

 symbol7夜ぬ明きてぃ太陽や 上らわんゆたさ 巳・午時までぃぬ 御祝さびら
 〈ゆぬあきてぃ ティダや あがらわん ゆたさ ミ・ンマとぅち までぃぬ うゆえ さびら

 歌意=今日、盛大に開催したこの祝祭。1日限りでは、いかにも惜しい。これは皆の総意だ。さあ夜通し祝おう。夜が明けて陽が昇ってもいいではないか。巳の刻・午の刻までは祝いを続けよう。
 予想以上の豊作を得た豊年祭だったと思われる。数々の奉納芸能が披露され、神と人が一体となった神遊びは延々成されるに違いない。そして巳・午の方角からの風は、さらなる豊作を約束して“ふぁやふぁ=柔々”と吹いていただろう。
   

 さて、巳は蛇の意。[へみ]の略という。
 蛇はヘビ亜目に属する爬虫類の総称で世界の湿帯・熱帯に約2700種が分布しているそうな。奄美諸島・沖縄諸島などにいるハブもその1種。クサリヘビ科の毒ヘビ。ハブの呼称は、沖縄方言と思われがちだが[波布・飯・匙・倩]の文字で表す立派な和名があることは知られていない。ハブにとっては、大自然を生き抜く護身のために毒を有しているだけなのに、人間はどうして文字通り「蛇蝎」の如く嫌うのだろう。いまの世、ハブ以上の毒を持った人間のほうが多くなっているのではなかろうか。
 誰に聞いたのか「沖縄はそこら中、ハブだらけ」と思い込んでいる県外の人に「そうだよ。ボクんちの庭ではタロウ、ハナコ。その子のマイケル、リリーと名付けたハブをペットとして昔から飼っている」と話したら、何人か本気にしていた。そんなことなぞないのである。沖縄で生まれ育った筆者でさえ、野生のハブを直接見たのは2度ほどしかない。
 蛇は西洋では悪魔の使いらしいが、東洋では神仏に仕える生き物として神聖化されている。白蛇の夢を見ると金運がつくというのも、そこいらに由来するのだろう。蛇皮の財布を重宝するのもそのせいか。しかし、慣用句に登場する蛇は親しまれていない。蛇のような目つきの人は、冷たく何を考えているのか分からないし、執念深い・猜疑・陰険などにも蛇は引用される。ハブはどうか。蛇と同様ではあるが俗語に「ハブ獲やー=とぅやー」がある。
 本来の「ハブ獲やー」はハブ獲り名人を指すが一方で「色事師」のこと。誤るとハブの毒牙に掛かることなぞ一切恐れず、色の世界に長けた勇者・向こう見ずのやから者を形容している。私的には実際の行動は別として、女性に立ち向かう“勇気”だけは「ハブ獲やー」でありたいと、心密かに・・・・思う。