古代中国の思想で万物を生成するとされる五つの元素、木、火、土、金、水を指している五行〈ごぎょう〉を甲=きのえ・乙=きのと・丙=ひのえ・丁=ひのと・=つちのえ・己=つちのと・庚=かのえ・辛=かのと・壬=みずのえ・癸=みずのと・戊=の十干〈じっかん〉に、十二支を配し、60通りの組合わせを作って年月日・時刻・方位を表すのに用いたものを「干支=えと」と言い「え」は兄、「と」は弟を意味するそうな。
また、十二支は12ヶ月の月数を順に表し、中国では子=し・丑=ちゅう・寅=いん・卯=ぼう・辰=しん・巳=し・午=ご・未=び・申=しん・酉=ゆう・戍=じゅ・亥=がい=の漢字を当てたが後に、一般庶民にもこれを浸透させるため鼠・牛・虎・兎・竜・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・猪の動物名にしたとされる。他にインドの神仏を祀る12宮をそれぞれ守護する動物名とする説もある。
さて。それらを踏まえて、十二支に配された動物や俗話、慣用語、琉歌などを抜き出してシリーズにしてみよう。
ね【子】十二支の第一。昔の時刻の呼称[子の刻]は、今の夜の11時から1時までの2時間。一刻・いっときは2時間。
したがって「いっとき待ってね=いっとぅち まてぃ」「一刻も早く=いっくくん ふぇーく」は、いずれも「2時間待って」「2時間は早く」ということになる。時間がゆったりと流れる中で昔びとは暮らしていたのだろう。今のわれわれは時間に追い回されて半時〈1時間〉も四半時〈半時間〉の辛抱もできない生き方をしているようだ。代表的な琉歌にも方位としての[子]が読み込まれている。
夜走らす舟や 子ぬ方星目当てぃ 我身産ちぇる親や 我身どぅ目当てぃ
〈ゆる はらす ふにや にぬふぁぶし みあてぃ わん なちぇる うやや わんどぅ みあてぃ〉
*子ぬ方星は北極星のこと。
カラハーイ〈唐針・羅針盤〉を携帯しない海ん人〈うみんちゅ。漁師〉は、昼間ならば太陽の移動や島影を目安に舟を操ったが、視野の利かない夜間は北極星の動きを確認して、目的地を誤ることなく航行した。それと同じようにわが親は、子である私が〈心身ともに健全に育つよう〉ただそれだけに人生のすべてを掛けていると詠んでいる。老後の面倒を目当てにしているのでは決してない。親にとって子は、北極星的存在で自分の人生の指針なのだ。
筆者の場合。子ぬ方星どころか、ユバン マンジャー〈一番星〉にもなれず、親の期待に応えられなかった。“孝行したいときには親はなし”。
一番星を「ユウバン マンジャー」とは、よく言ったものだ。ユウバンは夕飯。マンジュンは、物欲しそうにしているさま。したがってマンジャーは、そうしている者を指している。宵の明星〈金星〉・一番星は、西の空にいち早くひときわ輝いてはいるものの、それだけに〈ひとりぼっち〉をかこっている。人びとはその時刻は、一家揃って食卓につく。「一番星もわが家族と一緒に夕食をしたいのだろう」と、命名されたユウバン マンジャーである。星にも情愛を掛ける沖縄人のこのやさしさ・・・・。自画自賛。
※うし【丑】十二支の第二。丑の刻は今の深夜1時から3時までの2時間。草木も眠ると言われる。方位は北北東。
牛は農耕の労力として9世紀頃から沖縄でも飼育され、財産並の家畜だった。雨の少ない沖縄では牛に田を耕させるというよりも、水が地下に漏れないように田踏みをさせることと、木の枝にサンゴ礁片を括りつけて、田の表面を引き回して田の土と水をよく混ぜる重要な役割をさせた。また、沖縄では馬肉はほとんど食さないが、牛肉は好んで食されたようだ。獣肉の沖縄語は、日本の古語そのままシシ。
*シシが付く・シシ置きがよい=体に肉が付く・太るの意。逆に体の肉付きが悪い・痩せることを*シシが減るという慣用語はいまも使われている。しかし沖縄ではシシの他に「アッタミ」の古語もあり、角があることから牛の肉を「角〈ちぬ〉アッタミ」。豚肉を「山アッタミ」と称した。豚の場合、飼育した豚と山猪〈やましし・イノシシ〉を同一視した呼称と思われるが、ほとんど死語になった。いまは豚肉は「ウァーぬシシ・ウァージシ」、牛肉を「ウシぬシシー」と言っている。
戦前、神戸牛として高名を馳せた牛種は、大半は沖縄から輸出したものだったと記録にある。さらに牛は、畜産奨励のためのイベントで各地に登場。つまり闘牛としてスターの地位にあった。それは現在に続き畜産及び観光立県を担って活躍していることは周知の通りである。
牛や鼻ふがち 馬やムゲーはきてぃ 哀りてやベーベー小 真首括んち
〈うしや はな ふがち んまや ムゲーはきてぃ あわりてや べーべーぐゎ まくび くんち〉
*ムゲー=くつわ。*ベーベー=山羊〈ふぃーじゃー〉の幼児語。
歌意=牛は鼻に穴を開けられ手綱を通して引かれ、馬はくつわを噛まされて引かれる。それにつけてもかわいそうなのは山羊さん。首を縄で括られて小屋に繋がれている。あゝ、なんと哀れなことか。
遊び唄の1首である。
また、十二支は12ヶ月の月数を順に表し、中国では子=し・丑=ちゅう・寅=いん・卯=ぼう・辰=しん・巳=し・午=ご・未=び・申=しん・酉=ゆう・戍=じゅ・亥=がい=の漢字を当てたが後に、一般庶民にもこれを浸透させるため鼠・牛・虎・兎・竜・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・猪の動物名にしたとされる。他にインドの神仏を祀る12宮をそれぞれ守護する動物名とする説もある。
さて。それらを踏まえて、十二支に配された動物や俗話、慣用語、琉歌などを抜き出してシリーズにしてみよう。
ね【子】十二支の第一。昔の時刻の呼称[子の刻]は、今の夜の11時から1時までの2時間。一刻・いっときは2時間。
したがって「いっとき待ってね=いっとぅち まてぃ」「一刻も早く=いっくくん ふぇーく」は、いずれも「2時間待って」「2時間は早く」ということになる。時間がゆったりと流れる中で昔びとは暮らしていたのだろう。今のわれわれは時間に追い回されて半時〈1時間〉も四半時〈半時間〉の辛抱もできない生き方をしているようだ。代表的な琉歌にも方位としての[子]が読み込まれている。
夜走らす舟や 子ぬ方星目当てぃ 我身産ちぇる親や 我身どぅ目当てぃ
〈ゆる はらす ふにや にぬふぁぶし みあてぃ わん なちぇる うやや わんどぅ みあてぃ〉
*子ぬ方星は北極星のこと。
カラハーイ〈唐針・羅針盤〉を携帯しない海ん人〈うみんちゅ。漁師〉は、昼間ならば太陽の移動や島影を目安に舟を操ったが、視野の利かない夜間は北極星の動きを確認して、目的地を誤ることなく航行した。それと同じようにわが親は、子である私が〈心身ともに健全に育つよう〉ただそれだけに人生のすべてを掛けていると詠んでいる。老後の面倒を目当てにしているのでは決してない。親にとって子は、北極星的存在で自分の人生の指針なのだ。
筆者の場合。子ぬ方星どころか、ユバン マンジャー〈一番星〉にもなれず、親の期待に応えられなかった。“孝行したいときには親はなし”。
一番星を「ユウバン マンジャー」とは、よく言ったものだ。ユウバンは夕飯。マンジュンは、物欲しそうにしているさま。したがってマンジャーは、そうしている者を指している。宵の明星〈金星〉・一番星は、西の空にいち早くひときわ輝いてはいるものの、それだけに〈ひとりぼっち〉をかこっている。人びとはその時刻は、一家揃って食卓につく。「一番星もわが家族と一緒に夕食をしたいのだろう」と、命名されたユウバン マンジャーである。星にも情愛を掛ける沖縄人のこのやさしさ・・・・。自画自賛。
※うし【丑】十二支の第二。丑の刻は今の深夜1時から3時までの2時間。草木も眠ると言われる。方位は北北東。
牛は農耕の労力として9世紀頃から沖縄でも飼育され、財産並の家畜だった。雨の少ない沖縄では牛に田を耕させるというよりも、水が地下に漏れないように田踏みをさせることと、木の枝にサンゴ礁片を括りつけて、田の表面を引き回して田の土と水をよく混ぜる重要な役割をさせた。また、沖縄では馬肉はほとんど食さないが、牛肉は好んで食されたようだ。獣肉の沖縄語は、日本の古語そのままシシ。
*シシが付く・シシ置きがよい=体に肉が付く・太るの意。逆に体の肉付きが悪い・痩せることを*シシが減るという慣用語はいまも使われている。しかし沖縄ではシシの他に「アッタミ」の古語もあり、角があることから牛の肉を「角〈ちぬ〉アッタミ」。豚肉を「山アッタミ」と称した。豚の場合、飼育した豚と山猪〈やましし・イノシシ〉を同一視した呼称と思われるが、ほとんど死語になった。いまは豚肉は「ウァーぬシシ・ウァージシ」、牛肉を「ウシぬシシー」と言っている。
戦前、神戸牛として高名を馳せた牛種は、大半は沖縄から輸出したものだったと記録にある。さらに牛は、畜産奨励のためのイベントで各地に登場。つまり闘牛としてスターの地位にあった。それは現在に続き畜産及び観光立県を担って活躍していることは周知の通りである。
牛や鼻ふがち 馬やムゲーはきてぃ 哀りてやベーベー小 真首括んち
〈うしや はな ふがち んまや ムゲーはきてぃ あわりてや べーべーぐゎ まくび くんち〉
*ムゲー=くつわ。*ベーベー=山羊〈ふぃーじゃー〉の幼児語。
歌意=牛は鼻に穴を開けられ手綱を通して引かれ、馬はくつわを噛まされて引かれる。それにつけてもかわいそうなのは山羊さん。首を縄で括られて小屋に繋がれている。あゝ、なんと哀れなことか。
遊び唄の1首である。