旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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年の瀬・いろはばなし

2008-12-11 11:09:22 | ノンジャンル
★連載NO.370

 「正月には兄弟姉妹そろって、カルタ取りをしたなぁ・・・・」
 12月中旬になったせいか、正月を十分に意識するようになった。この1年の始末は、それほどのこともしてきていないので、正月への思いだけがことさら馳せるのだろう。
 江戸いろは歌留多の1枚目は「犬も歩けば棒に当たる」。これを俗に「犬棒カルタ」と言い、大いに楽しみながら、いろいろな言葉や俗諺を覚えてきたものだ。それらは生活の中の会話に引用し活用しているが、いまは犬も家の中にいるか、鎖に繋がれて裏庭の片隅に閉じ込められて、外のひとり歩きができなくなっている。したがって、棒に当たることはない。このことは、犬にとって幸か不幸か。
 「犬も歩けば棒に当たる」には、ふたつの解釈がある。ひとつは〔でしゃばると、ひどい目にあう。ロクなことはない〕とするもの。いまひとつは〔出歩けば、思いがけない良いことに遭遇する〕というものだ。まるで正反対の意味を持ち合わせているところが戒め語の特徴。実際に、右か左か選択しなければならない局面では〔勇気を持って己で判断せよ〕ということではなかろうか。
 親の意に反してばかりいたウーマクワラバー<やんちゃ童>の犬だったころの私は、年長連にこずかれたり泣かされたりで、棒にばかり当たっていた。しかし、それにも負けず積極的に外歩きをした成果で仲間も増え、初恋という棒にも当たったのだから人生、裏にも表にも当たったほうがよいのかも知れない。
 沖縄にも、類似した俗諺「外歩っけー カナクス 踏んぴーん」がある。カナクスは金屑、踏<く>んぴーんは、踏む。踏みつけるの意。これまた両面の意味を持っている。その①は、家にも落ち着かず、外を歩き廻ってばかりいると、古釘のような価値のないモノを踏む。災難にも会うし無益とする解釈。その②は、ヤーグマイ<家籠ゐ。今風に言うオタク>をかこっている者に対して〔ヤーグマイは非生産的だ。とにもかくにも外へ出よ。さすればカナクスも踏むだろうが、それはそれで見聞を広めるための経験。場合によっては、金や銀を得ることもある。行動せよ〕とする考え方だ。
 昭和1桁前半生まれの先輩F氏は、戦争のおかげで遅れをとった学問を取り戻そうと、ヤーグマイを徹底して勉学に励んでいた。こうしたF氏に祖父は言ったそうな。
 「男はヤーグマイになってはいけない。たまには外に出て女を引っかけてこいッ」

 犬棒関わりの〔犬ばなし〕になるが、12月1日付け沖縄タイムス紙夕刊に、ちょっといい話が載っていた。
 「沖縄市のジャスティン・クロフォードさん<21>=米空軍嘉手納基地所属=と妻加世子さん<20>の飼っている犬ジャスミンが子猫のくーすけに乳を与えている。犬は生後11ヵ月の雌だが出産経験はない。沖縄こどもの国動物園は「県内で犬が猫に授乳しているとは聞いたことがなく、出産経験もないのに乳が出るのも珍しいとしている」
 記事によると、子猫は近所で拾った。その翌日から子猫は犬の乳房をくわえはじめた。いまでは、平らだった犬の乳房も次第に張っているという。夫妻はともに猫アレルギーだが、2匹の仲を引き裂くわけにはいかず、ジャスティンさんはアレルギーを抑える薬を飲みながら接し、これからどのように成長していくか〔楽しみ〕と語っている。



 ところで。
 「あいうえお」とともに仮名表記の基になる「いろは」は、涅槃経<ねはんきょう>の諸行無常<しょぎょうむじょう>・是正滅法<ぜしょうめっぽう>・生滅滅己<しょうめつめつい>・寂滅為楽<じゃくめついらく>によるものと言われる。
 “いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめし ゑひもせす”
 “色は匂えへど散りぬるを 我が世誰そ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見し酔ひもせず”
 〔色香美しく咲きほこっている花もいつかは散る=諸行無=。この世に生きている我々にも永遠の命は有り得ない=是生滅法=。この無常かつ有為転変の迷いの奥山という現世を今、乗り越えて=生滅滅己=。悟りに至れば、もはや儚い夢を見ることなく、仮相の世界に酔い痴れることもなく、安らかな心境を会得する=寂滅為楽=。
 平安時代末期に一般的に唱えられていたそうな。
 これほどの仏教的哲学を説いた「いろは」とは露ほども知らず、いままで私はそらんじていたことになる。それどころか中年になると、物知り顔の粋がりで都都逸の文句を披瀝してきた。
 “七つ八つからイロハを覚え ハの字忘れてイロ<色>ばかり”
 12月の風が妙に身にしみる。

次号は2008年12月18日発刊です!

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