旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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健康・食事日記

2007-12-20 14:23:21 | ノンジャンル
★連載NO.319

*12月○日・晴れ。
 わが家の食卓から肉が消えた。
 消えたと言うよりも、登場場面が極端に少なくなった。その代り、台所のテーブルの上に「中高年の食事」「工夫ひとつ・健康家庭料理」「10日で出来るダイエット法=食事編」などと題するカラー写真仕立ての本が多くなった。(男子、厨房に入るべからず)を家訓として育った私は(台所は主婦の城)と心得て、いまでも台所に関わる所業は、城主の誇りと権威を尊重して一切しない。したがって、醤油やスプーンやコーヒーカップの在り処を知らない。口に入れるものすべて、城主の与えるままに従っているが、ここに来て(肉)との対面が極度に遠のいているのに気づいたのである。そのことを城主に直訴すると、城主は「男は食べ物のことをとやかく言うものではないッ。栄養バランスやカロリーを健康医学的に加味して作っている。黙って食するようにッ」とのお言葉が下った。今夜も魚と野菜の食事をとる。そして、心の中で叫ぶ。オレは猫でも兎でもないッ。

*12月○日・晴れ。
 今夜も魚中心の食事。しかし、今日の魚は、娘が嫁入った先の両親が夫婦して釣りを趣味としていて、1日がかりの国頭村宜名真における釣果である。しかも、すぐに食せるよう気を遣ってさばいて持たせてくれたものだ。その上今夜の分は、から揚げ、刺し身、てんぷら・・・・。おすそ分けをしてもらえるということは、娘が(嫁)として可愛がってもらっていると理解。ありがたく箸をすすめた。感謝の味が血となり肉となった。

*12月○日・晴れのち曇り。
 肉への執着と憧れを多少は叶えてやろうと思ったのか、手作りハンバーグが食卓に乗った。でも、一口食してうつむいてしまった。ひき肉よりも玉ねぎなどの具のほうが多い。目の前のテレビでは「まいうーッ」を連発するデブキャラクターのタレントが血もしたたるような和牛ステーキをオーバーに食べている。彼も私も一生懸命に生きている男に変わりはないのに和牛ステーキと玉ねぎハンバーグ。この落差は何だろうか。切なくなった分、ハンバーグにたっぷりとソースをかけ、その香りをおかずにご飯のお代りを申請した。城主は、明らかにダメッという眼を向けながらも、ふた口ほどの量をよそってくれた。白米を食するのは家来の私だけ。城主は、お向かいの奥さんと共謀して、どこで入手するのか赤豆入りの玄米を何食分か常備。3食ともチンッして食している。ダイエットが目的だそうだが、向かいの奥さんともどもその効果、あるいは目的が達せられているとは思えない。

*12月○日・曇り。
 忘年会。ここを先途と肉だけを食べまくった。帰宅。「何をたべたの?」の問いには真顔で答えた。「魚と野菜」。

*12月○日・小雨。
 近ごろ、数字で生かされているように思えてならない。カロリー計算。血糖値。血圧。食品にしてからが賞味期限日数などなど。城主までが3日に1度は問う。主「体重は?」従「74キロ」主「身長169に対しては太り気味。70キロぐらいがいい」なぞと、医師口調で即、診断を下す。城主自身はというと1日に2,3度は家庭用の計器で血圧を計り、健康ノートに記載している。体重計も風呂場に常備している。しかし、その記録は門外不出。誰にも一切見せない。体重を聞くとマジに怒る。ダイエットをしなければならないのは、家来ではなく城主であることは明白な真実である。なのに何故、家来は(肉)から遠ざけられなければならないのか。健康ブームを仕掛けたヤツが憎いッ。

*12月○日・晴れ。
 亥年が行く。この時期になると豚肉が届く。ヤンバル<沖縄本島北部の総称>で農業をしている友人が欠かさず(正月料理用)にと持ってきてくれるのだ。正月豚<そうぐぁちうぁー>である。沖縄の正月に欠かせないのが豚肉<うぁーじし>。年末になると農家では、正月用に豚をつぶし、生肉はもちろんだが保存が効くスーチカー<塩漬け肉。スーチキーともいう>を親戚筋や親しくしている家庭に配る習慣がある。殊に旧暦の正月には顕著だ。このことから、正月を幾度経験したかを聞く言葉に「豚ぬチブル<頭>、幾ちかだが」がある。豚のチブルとしているのは、頭部そのものをさすのではなく頭数を表わす。つまり、正月豚、スーチカーを幾度食したか。頭数を年齢とするのである。また、経験豊富な人生の達人をして「豚ぬチブルぬ二ちん三ちん 多くうさがとぉーみしぇーん=(われわれよりも)正月豚をひとつもふたつも多く食した御仁」と尊敬する。
 もうすぐ、スーチカーに逢えるッ。寝床にはいってから私は、小さな声で歌う。
 ♪もういくつ寝るとお正月・・・・・。





次号は2007年12月27日発刊です!

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