旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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カシチー・フチャギ・夏から秋へ

2007-09-20 12:57:13 | ノンジャンル
★連載NO.306

 ♪待ちかにてぃ居たる七月んしまち なまた八月ぬ十五夜待たな
 歌意=年中行事の中でも、正月とともに最大行事であるシチグァチ<お  
    盆>。大地のミドリが芽吹くころから心待ちにしていた先祖供養
    を無事すませた。あとはひと月後の十五夜を待とう。
 月の動きと流れとともに農業、漁業を成してきた沖縄人らしい琉歌である。

「暑さ寒さも彼岸まで」
 長い太陽の季節を過ごしてきた沖縄人にとって、ホッとする言葉であ
るが、陰暦はまだ8月半ば。残暑はいまなお厳しい。
 今年の彼岸入りは9月20日。そして、その日は「8月カシチー」である。
 カシチーとは、強飯。こわめし。おこわのこと。糯米<もちごめ>を蒸したり、炊いたりした飯。小豆を混ぜて炊いた飯。いわゆる「赤飯で祝儀に用いる」と辞書にあるが、沖縄の8月カシチーは、大和のそれとは趣旨を異にする(神事)である。
 赤マーミー<小豆>や粟を混ぜて炊き込んだ赤カシチーを、この世のすべてを司る火ぬ神<ふぃぬかん>とブチダン<仏壇>に供えて、無病息災を祈願する。陰暦6月にも、カシチー行事はある。6月カシチー<るくぐぁち>の場合は、赤マーミーや粟は用いず、糯米のみで作る白カシチー<しる>で、やはり火ぬ神と仏壇に供え、その年の豊作を祈願する。つまり、6月カシチーは「豊作祈願」、8月カシチーは「無病息災祈願と厄払い」なのだ。カシチーには、マブイ<魂>を健全ならしめる力があるとしている。
 陰暦7、8月は、台風や干ばつが多く、そこから発生する(病)などは、悪霊の成せる業と考えた昔びとは、カシチーをもって厄を払ったのである。そのため、8月カシチーと連動して「シバ差し」も行われる。
 ゲーン<すすき>と桑の枝葉を束にしたものを「シバ」と言い、ゲーンを根に近い茎から切り取り、葉を結んだ「サン」とともに、屋敷の4隅をはじめ門口<じょうぐち>、雨垂ゐ<あまだゐ。軒>、チンガー<井戸>などに差す。ところによっては、壺に差して家の正面の縁側に置く。
 ゲーンは、稲に似ているばかりでなく、生命力がある上に、葉は剣<つるぎ>の如く、皮膚を切るほどだ。その威力からして、悪霊を寄せ付けない神具としている。サンの名残りは今につづき、口にするモノをお隣にお裾分けしたり、遠方へ持っていくときには、ゲーンでなくても、庭に生えている雑草の葉を結び、器の上やモノにそえて持っていく風習は生きている。(このモノには、ヤナムン<悪霊>はつきようがありません。安心して召し上がれ)のメッセージなのである。
 桑はまた昔々、カンナイ<雷>が多く発生する夏、桑の木の下に隠れて落雷の難を避けたという故事に習い、シバに加えている。余談ながら、いまでも古老たちは、雷が頭上を走ると、どこにいても「クァーギぬ下でーびる」と唱える。自分は「桑の木の下にいる。ここには落ちて下さいますなッ」と合掌して唱える。沖縄の自然現象は、人びとの願いに応えてくれる。ありがたいことだ。

シバサシ

 こうして、あたりが浄められたところで、待望の十五夜を迎える。
 今年は新暦9月25日が満月だ。新暦のみを頼りにし、東京と向き合って暮らしている沖縄人も、この日ばかりは月をめでる。ただし大抵の場合、ネオンの海辺でのそれに終始していて、私もすでに2件、勧誘を受けている。
 丁寧な家庭ではフチャギを作り、これも火ぬ神や仏壇に供えて健康を祝い、月と語る。
 フチャギは、片手に握ったほどの縦長の餅。まんべんなく赤マーミーを付けるのが他の餅と異なる。餅にする米はもちろん、赤マーミーにも繁殖力と生命力があるとして、殊に子どもたちに勧めて食べさせる。
 十五夜は、夏祭りのフィナーレと言えよう。各地域ごとに、お盆がすむと同時に十五夜遊び、村踊り、村遊びが仕込まれ、それぞれ伝統の芸能、綱引き、獅子舞などが月下で演じられる。中城村伊集の打花鼓<ターファークー>、各地に残る南の島<フェーぬシマ>、沖縄市泡瀬・宜野座村の京太郎<チョンダラー>、今帰仁村の路次楽<ルジガク>、八重山の結願祭<キツガン>などなどが、島を彩るのもこのころだ。


胡蝶の舞

 かくて、天と地の神々を相手にして華やかに賑やかに、そして厳かに事々が行われて、沖縄の時間は夏から秋へと移り行く。
 さらには、陰暦9月15日を(後ぬ十五夜。あとぅぬ じゅうぐや)と言い、これがまた実に美しい。今年は新暦10月15日。大和では、前日が(霜降)と言うのに。


種子取祭

次号は2007年9月27日発刊です!

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