2018 04 21(土)
曹洞宗の古刹・黒羽山 久遠院 大雄寺(だいおうじ)を参詣。(午後3時頃)
黒羽山大雄寺は黒羽藩主大関家の菩提寺として尊崇され、境内の堂宇は室町時代の寺院様式を今に伝える総萱葺き屋根の禅宗寺院。
創建は応永11年(1404年)、現在見られる堂宇伽藍は文安5年(1448年)の築、従前は黒羽城の南に在ったが天正4年(1576年)黒羽城築城のとき現在地に移築。
場所は栃木県大田原市黒羽田町450。 無料P場有り。 近くに“黒羽芭蕉の館”なる公共文化施設があります。
大雄寺配置図。
道路に面した参道入り口には控えめの寺号石柱(左・大雄寺 右・黒羽山)、 参道脇に禅宗らしく「不許葷酒入山門」の石柱。
古い時代からの石仏や石の六地蔵など拝みながら杉木立の参道を進みます。
長い石段を上がると見えて来るのが「黒羽山」の額を掲げた大雄寺の簡素な山門、手前左右に2石仏は仁王像かも・・・。
石段を更に上がると横に長い塀の奥に目的の大雄寺の総門が見えてきます。
萱葺屋根の質素な造りの大雄寺総門(江戸時代後期 国指定重要文化財)、寄棟風な切妻造り。 左右に萱葺き屋根の回廊が接続されています。
総門の扁額は「霊 鷲」(りょうじゅう)、釈迦が説法を行ったインドの霊鷲山(りょうじゅせん)の事。中国からの禅僧・東皐心越の筆。
大雄寺本堂(国重文)、典型的な曹洞宗本堂型式の萱葺き屋根の寄棟造り。
大雄寺本堂の内陣を拝見・・・。 御本尊の釈迦如来坐像(栃木県有形文化財)、たいへん功徳がある仏像です。
本堂に吊られた真っ白な天蓋(てんがい)。 通常の寺院では金色ですが、禅宗なので華美な色を排し白色に塗ったそうです。
悪い場所を擦ると効能がる賓頭廬尊者(オビンズル様)、十六羅漢の第一番目の尊者。
本堂壁面に掲げられた大きな板額は『革 金 衽 』(きんかくをしとねとす)旧黒羽城に架けられていたのを移設)。
金は刀・槍など、革は鎧兜などの武具、衽は寝床・寝具を表し、昼夜いつでも刀鎧を身近に置き、決して油断するなと云う訓(おし)え。(常在戦場)。
額署名は「丹治増式」(たじますつね)。黒羽藩14代藩主・大関増徳の別名。
癒しの音色が楽しめる総門近くの水琴窟。 萱葺き屋根の鐘楼と回廊。(共に国指定重要文化財) 梵鐘は万治3年(1660年)鋳造。
本堂の隅から見る総門(左)と禅堂(右)。 庫裏から入堂し本堂を拝見します。(拝観料500円)
中国浙江省にある天童寺の十六羅漢石碑から写した拓画が本堂内の襖絵に・・・。
隣部屋には十六羅漢の板絵著色(彩色画)。 那須の雪景色を描いた襖絵も必見です。
黒羽城郭図(コピー)。
寺宝“枕返しの幽霊”(作者・古柳園鶯)。足無し八方にらみの老女の図、この絵の前で寝ると翌朝には躰が反対向きになっていると言われる江戸時代中期の不思議な掛け軸。
大雄寺本堂から望む総門。
左は総門、中央は禅堂。
華美にならず素朴な佇まいが美しい本堂の板敷廊下。
半分板敷の萱葺き回廊 「魚板」魚は眼を閉じないことから日夜修業に専念することを象徴し、木魚の原型とも・・・様々な合図に使用。
萱葺き回廊の途中に在る“禅堂”。 篆書額『学 無 為』(無為を学ぶ)何事にもとらわれず、こだわらない心を学ぶの意味)は1676年中国からの亡命した禅僧・東皐心越の字。
回廊の東南角ある御堂には年代物の“烏瑟沙摩明王像”が鎮座。(うすさまみょうおう) 炎で不浄・悪を浄化するので東司の神・炎(防火)の神と呼ばれます。
この御堂の直ぐ右から東司(トイレ)への通路があります。
けっこう分厚い回廊屋根の萱、本堂の屋根はこれの数倍の厚さがあります。 萱の葺き替えの苦労が偲ばれます。
総門へつづく回廊、この辺りは板敷ではなく、土間三和土(どまたたき)の床になります。
重厚な茅葺屋根が特徴の大雄寺総門・回廊。
大雄寺HP。
http://www.daiouji.or.jp/daiouji_guide.html#sanmon
大雄寺建造物。(大田原市)
http://www.city.ohtawara.tochigi.jp/docs/2013082764829/
素朴な佇まいが美しく古の寺院建築が拝見できる黒羽山大雄寺、大田原市の三大パワースポットの一つで皆様に特にお奨めしたい名刹です。
2018 05 17(木)記。 前橋市 真夏日 最高気温 30.8℃ 最低気温 20.3℃
おまけコーナー。
線路に足が引っ掛かったところに列車が・・・・。(ヤラセっぽい動画ですね?)
man get stuck on train line