(この短歌について)
「後に、作者自身が興味深い秘密を打ち明けている。・・・実はこの一首を作る契機となるできごとは、現実には7月6日ではなかったし、素材はサラダでもなかった」というのだ。
では現実には素材は何だったのか。
驚くべきことに、それはカレー味の鳥のからあげだった。
僕らはこの打ち明け話から何を学ぶことができるだろうか。まず僕はきみたちに、現実に起こった出来事をありのまま言葉で表現しても短歌は生まれない、という事実を指摘できるかもしれない。
実際の話、僕らは「カレー味の鳥のからあげ記念日」というようなへんてこな表現を支持することはできそうにない。
もちろん作者もそう思ったので、現実を離れて、別の言葉を探して、最後の最後に「サラダ記念日」にたどりついたのだ。
つまり一つの短歌を作るためにも時間をかけて適切な言葉を探す必要がある、その点を僕らは忘れるわけにはいかない。
から。
佐藤正午氏はこうも言っている。
「だが、僕らが忘れてならないもっと重要なことは、短歌にかぎらず、何かを言葉で表現するときには、それが何であろうと必ず時間をかけて言葉を探す必要があるということなのだ」と。
<好奇心コーナー>
ぼくは今年念願の作品を出版した。
いろいろな人たちからご評価をいただいたが、アマゾンのカスタマーレビューで<SVくん>さんから頂いたコメントはまさにぼくにとって痛棒だった。
「<予期せぬ名作> たまたま読んで驚いた。文芸賞候補になってもよい作品と思う。無条件におもしろい。発達障害の孫をもたれた祖父の魂の叫びかと推察するが、客観化して一篇のすぐれた小説に仕上げられた。SF,且つ風刺小説でもある。該博な素養が窺われ、巧まずしてよい環境論にもなっている。文章も非常によみやすい。
但し、多くの読者の注目を惹くには、もう少しタイトルに工夫があったらとだけ思う。
他の人からも言われたが、考えもなしに安易なタイトルをつけたことを悔やんでいる。
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