昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

エッセイ(110)文明の進化路線に逆らえるか(25)

2012-02-01 05:08:20 | エッセイ
 「おや、地震かな?・・・今日の揺れは震度5弱で、東京は震度3という。昨年の大震災でこのくらいの揺れには感覚がマヒしてしまい、また地震か・・・と落ち着いている。先日の新聞によれば、4年以内に東京直下型の地震の発生確率は70%だという。本当に来るのだろうか。・・・ちょっとばかり気になる。でも言い換えれば、発生しない確率30%もある。こっちに期待しよう。そしてまた、今年はない。だって2012年は素数ではない。昨年の3.11は、年月日のすべてが素数であった。と、勝手に理由づけをしてみる」
 

 お友だちのブログからの引用である。
 「素数でないから安心だ」なんて、さすが大手企業の技術系の要職にあった理系の方の納得の仕方だ。   自然の猛威は予測しがたいし防ぎがたい。
 富士山が噴火するのではとか、明日にも来るのでは、などと世間は大騒ぎしているが、あまり不安を助長するとその方の影響が心配だ・・・。

 不安を助長する最たるものは原発による<風評被害>だろう。
 原発で、死傷したりという直接的な実害より、まだ因果関係が確たるものでない段階で思い悩む被害、つまり風評被害の方が止まることがない。
 生活に直接的な被害を受けている現実的な問題となっている。

 個々の人間にとって一番大切なことは、日々不安のないより豊かな生活を享受できることのように思える。
 特に科学者はそのために日夜努力して文明を栄えさせてきた。
 枯渇する恐れのある化石燃料の代わりにと、<悪魔のエネルギー>とも言われる原子力にも手を染めた。
 その根底にある思想は「最大幸福のためには若干の不幸せは厭わない」という発想だ。
 そのため、水質汚染とか温暖化とか放射能汚染など、自然界に弊害を与えることにもなっている。

 ところが、これら文明の発達によって吐き出された汚物の処理が問題化している。
 民主的な手法では処理しきれない。
 個々の利害が対立して、話し合いはどうどうめぐりして未解決、先送りになっている。
 中国のように強権で、陳情したら「秩序を乱す」<犯罪嫌疑人>としてさらし者にして解決しようとする国もあるが・・・。

 人間は現在の最大幸福を求めて<文明の進化路線>を歩み続けるのか、岐路に立たされている。
 それでも自信過剰の人間は自然をコントロールすることは可能だと、先へ先へと歩み続けるであろう。