男の愛する花 鴨頭草(ツキクサ) と秋芽子(ハギ)
多くの万葉人が愛した花があります。それが、初夏のツユクサと秋のハギです。万葉集の歌は、漢語や漢字で表記しますから、ツユクサとハギは次のような漢字で表記します。露草(ツユクサ)が、鴨頭草、鴨跖草、空草、月草の表記で、萩(ハギ)は秋芽子、芽子、波義、波儀の表記です。
ツユクサは今では広く道端や野原で見ることが出来ますが、飛鳥・奈良時代では中国から漢方の生薬として輸入された貴重な植物です。当初は、解熱・下痢止めの生薬だったようですが、その後、染物の絵入れの下地描きや初夏の鑑賞用の植物になって行ったようです。そのため、ツユクサの古語であるツキクサの表記に対して鴨跖草の漢字が使われる理由は十分に理解できます。鴨跖草は現在でもツキクサの漢方での呼び名で、鴨跖草は「おうせきそう」と呼びます。その鴨跖草の呼び名の由来は、中国において花の形を正面から見た姿が鴨の足(足を中国語で跖と云い、跖は硬い足の裏を意味します)に似ていることから付けられた名称です。一方、空草や月草、また露草は、ツユクサの花の色、開花の季節や時間から来た呼び名と思われます。このツキクサを示す鴨跖草、空草、月草や露草の表記については、専門家においても議論は無いようです。ただ、ツキクサを、どうして、鴨頭草と表記するのかについては、色々と議論があるようです。
また、ハギは日本の古くからの植物ですので、古代から萩(ハギ)を「ハギ」と言葉として呼んでいたようです。それで、ハギを波義や波儀と万葉仮名で音字表記するのは自然な姿です。ハギを萩の漢字表記するのは、奈良時代以降に秋を代表する日本の植物として創られた新字が由来ですから、議論の余地はありません。では、ハギを、どうして、秋芽子や芽子と表記するのでしょうか。
そのような疑問を持って、少し変わった視線から「鴨頭草」と「芽子」について、考えて見てみたいと思います。
最初に「鴨頭草」について考えて見てみたいと思います。中国の人はツユクサの花の形から鴨跖草と表現しましたが、万葉の人々は花の色、咲く季節や時間帯からツユクサを空草や月草と表現しました。このように、万葉人は中国の呼び名とは独立してツユクサの花の色や開花時期から万葉人自身の呼び名を持ちました。
では、万葉人としてツユクサの花の形をどのように捉えたのでしょうか。その視点から、鴨頭草の表記は花の形から想像した呼び名ではないでしょうか。それも、漢語の鴨跖草を知った上でのもじりの表記ではないでしょうか。ツユクサの花の形を中国人は鴨の足と見立て、日本人は鴨の頭と見立てたとの推測もありそうです。
そうしたとき、少なくても江戸時代頃から現在に伝わる言葉として「鴨の入り首」と云うものがあります。これがイメージとして万葉人の「鴨頭」の表現に近いのではないでしょうか。ここから、私は、このイメージでの鴨頭草の表記を捉えています。ちょうど、露草の花を横から見て、その花の形状と色から真鴨の先が丸みを帯びた頭と長くしなやかな首を苞に挿し入れたように見立て、花びらに刺し入れた首のその襟首が見えているようなイメージです。
そこで、ツキクサの万葉表記である鴨頭草の表現に、このような「鴨の入り首」の意味合いがあるとして、次の歌を見てみたいと思います。
秋の相聞 花に寄せる
集歌2281 朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
訓読 朝露に咲きすさひたる鴨頭草(つきくさ)し日さゆくともに消(け)ぬべく思ほゆ
私訳 朝露に濡れ咲いた花が萎れゆくツユクサのように、日が傾くにつれて感覚が薄れ逝くように感じられます。
この歌の「咲酢左乾垂」は、普段の解説では「咲きすさひたる」と読んで、古語での「すさび」の意味から花が次々と咲き出しているような情景としています。ところが、万葉仮名表記では「酢左乾垂」の漢字を使っていますから、目で読む和歌では「花が色褪せ萎れる」ような情景が受け取れます。つまり、万葉仮名の漢字の表現には、朝露に濡れ咲いた花が萎れ垂れていく一日での時間の経過があります。
この集歌2281の歌はツキクサの花を詠った歌ではありませんから、歌を詠った人の感情は「日斜共 可消所念」で表現する「日さゆくともに消ぬべく思ほゆ」です。家の縁側でのツキクサの花の移ろいを一日見ての歌ですから、女性が男性に対して詠った歌となり、早朝に妻問いをして帰って行った男に対する想いの歌です。
ここで、「消ぬべく思ほゆ」の万葉仮名表記である「可消所念」の「所」で表現される、その消え行く想いを受け止めた場所は、心でしょうか、体でしょうか。私は「体に残る相手の男性の感覚」が薄れ行くと理解しています。ツキクサの花は朝四時頃から咲き始めると云います。ちょうど、妻問いした男が帰っていく時間に重なります。ですから、恋する乙女は「日さゆくともに消ぬべく思ほゆ」と、体に残る男性の感覚が午後遅くになるにつれて薄れて行くと、男に訴えているのです。つまり、この歌は、女が「昨夜の感覚が薄れてきたので、今宵も貴方の酢左乾(すさび=荒々しさ)が欲しい。」と男の許に文を送った情景と思っていいのではないでしょうか。
なお、日本書紀では雄略天皇には一夜に七回の記録がありますので、恋する乙女が求めた「男のすさび」の解釈が「技術と力強さ」か「記録への挑戦の体力」かのどちらかは不明です。好みで解釈してください。
ただし、万葉集をたしなむ淑女の解釈は、次の解釈でなくてはいけません。
集歌2281 朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
訓読 朝露に咲きすさびたる月(つき)草(くさ)し日くたつなへに消(け)ぬべく思ほゆ
意訳 朝露に咲き誇っている月草のように日が傾くにつれて消え入るばかりに思われます。
この普段の解釈での「咲き誇る月草」と「消え入るような想い」とに連脈も、比喩もないところが、和歌の鑑賞では重要なようです。
次に、ハギについて見てみます。
飛鳥・奈良時代に人々に漢字の表記が広がります。そのとき、人々が使っていた言葉での「ハギ」に「芽子」の漢字が充てられています。この「芽子」の漢字が充てられた理由が、現在も専門家もまったく分からないようです。「ハギ」と云う言葉の由来の論争では、多数意見として「ハギの語源は生芽(ハエギ)のようで、毎年根茎から芽を出すことから付けられた。」としています。ただし、ハギを「萩」と後年に新しい漢字を創ったようにハギは、秋を代表する花を楽しむ植物です。その名の由来を、春の新芽に由来を持ってくるところが辛いところですし、日本の在来植物の言葉の語源に漢語の「生芽」の読みを持ってくるのも辛いところです。つまり、言葉の由来と日本語表記の歴史とには関連がないとする勇気です。
また、葉の形状から歯牙(はぎ)、秋に葉が黄色くなるので葉黄(はき)、葉が沢山ついた木なので葉木(はき)などの説もあるようです。ただし、日本古来の植物の名の由来に、漢語や漢字の読みを持ってくるのは、大変に辛い説明です。そうしたとき、ハギの名前の語源の由来自体については、私個人的には鹿の食む木としての「はむき」がその名の語の由来としては相応しいと思っています。この鹿の食む木(はむき)説を思わせるような正統の鹿と萩の歌を以下に紹介します。
湯原王鳴鹿謌一首
標訓 湯原王の鳴く鹿の歌一首
集歌1550 秋芽之 落乃乱尓 呼立而 鳴奈流鹿之 音遥者
訓読 秋萩し散りの乱(まが)ひに呼びたてに鳴くなる鹿(しか)し声し遥(はる)けさ
私訳 秋萩の花の散る逝く萩の茂みの中に乱れて、雌鹿を呼び立てて鳴いている雄鹿の声が遥かに聞こえる
ただ、なぜ、この「食む木」に漢字で「芽子」の当て字を使ったのかについては不明です。
ここで、漢字の「芽子」の用字からは「かわいい芽」とか「小さい芽」のような意味が取れますから、ここに理由があるのでしょうか。ツユクサを、その形から中国人は鴨跖草と見立て、大和人は鴨頭草と見立てています。すると、同じように、その花の形から「芽子」と見立てた可能性があります。つまり、まめ科である萩の花の形を観察しての「めこ」の意味合いです。その「めこ」の漢字表記となる「芽子」が当て字として採用され、その「芽子」の表記を植物の名であるハギと読んだと推理しています。古来、女性器の部分を「芽」、「芽子」、「御芽子」と表現しますから、同じような形をした比喩としての萩の花の「芽子」の表記ではないでしょうか。
この「めこ」の漢字表記となる「芽子」の意味合いで、次に紹介する歌を見てみたいと思います。
巻十 秋の相聞 花に寄せる
集歌2284 率尓 今毛欲見 秋芽子之 四搓二将有 妹之光儀乎
訓読 ゆくりなくに今も見が欲(ほ)し秋萩ししなひにあるらむ妹し姿を
集歌2284の歌は、万葉集の編集の区分では男性から女性に贈った歌の扱いです。そのときに、この歌で「妹之光儀乎」とありますから、以前に男性が野外で女性に逢ったことを思い出しての歌と理解できます。それも日の光の下での逢引です。
参考歌 妹之光儀の用例
集歌229 難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母
訓読 難波(なには)潟(かた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が光儀(すがた)を見まく苦しも
集歌1622 吾屋戸乃 秋之芽子開 夕影尓 今毛見師香 妹之光儀乎
訓読 吾が屋戸(やと)の秋し萩咲く夕(ゆう)影(かげ)に今も見てしか妹が光儀(すがた)を
集歌2883 外目毛 君之光儀乎 見而者社 吾戀山目 命不死者
訓読 外目(よそめ)にも君し光儀(すがた)を見にはこそ吾が恋(こひ)止(や)まめ命死なずは
この集歌2284の歌から男女は野外で逢っているのですが、さて、そのとき、恋人は着物を着ていたのでしょうか。男性に逢ったとき、その恋人の女性が裸だったか、どうかなんて、普通の人にとって呆れた疑問でしょうし、その疑問の意味が判らないでしょう。実は、集歌2284の歌の「四搓二将有」の詞で使われている「搓」が曲者なのです。この「搓」の漢字には「両手を合わせて前後させる。片手を当てて擦る」の意味がありますから、「四搓二将有」の漢字には「二人の四つの手で撫であう」と云う意味が取れます。それでいて和語としての「しなひにあるらむ」の意味は「女性のしなやかな肢体」の状態を示します。つまり、集歌2284の歌は、若い男女が野外で逢引し、そこで逢い抱きあったときの状況を非常に性的な表現を使って表わしているのです。それで、最初に示した「男性が女性と逢ったとき、女性は着物を着ていたか」との疑問が生じたのです。
こうしたときに、集歌2284の歌の「四搓二将有」の漢字と同じような意味合いで「秋芽子之」の漢字が使われているとすると、そこには現在に通じる隠語での「御芽子(おめこ)」があります。このように、万葉集の歌は、同じ歌ですが「音で聴く訓読み和歌」と「目で読む万葉仮名の和歌」とでは、取りようによっては大変に意味が変わってきます。その「音で聴く訓読み和歌」と「目で読む万葉仮名の和歌」との両方を満たす言葉(漢字)として、万葉人が男女の相聞で「秋芽子」の言葉を好んだのも納得できるのではないでしょうか。この当て字としての芽子(ハギ)と目で読む芽子(めこ)を同時に使った歌は、高度な言葉遊びの世界です。
ただし、私たちが普段に目にする集歌2284の歌は「音で聴く訓読み和歌」として鑑賞して、淑女は昔から次のように解釈することになっています。なお、私訳は、省略させていただきます。
集歌2284 率尓 今毛欲見 秋芽子之 四搓二将有 妹之光儀乎
訓読 ゆくりなくに今も見が欲(ほ)し秋萩のしなひにあるらむ妹が姿を
意訳 だしぬけに、今にも見たい。秋萩のようにしなやかだろう、あの娘の姿を。
もうすこし、この「芽子」の言葉で遊んでみます。ここでは、最初に集歌2273の歌の普段の解説での淑女が嗜むべき意訳を紹介します。
集歌2273 何為等加 君乎将厭 秋芽子乃 其始花之 歡寸物乎
訓読 何すとか君を厭(い)とはむ秋萩のその初花(はつはな)の歓(うれ)しきものを
意訳 どうして、貴方を厭いましょう。秋萩のその初花のように嬉しいものなのに。
従来の解釈の延長線では、集歌2273の歌は、ちょうど、集歌2284の歌に対する返答歌のような感覚で、歌の解説では男からの誘いに女が答えた歌とされてします。そして、女は自身の状況を男に抱かれ女として開花する意味合いを込めて「始花(花の始め)」と詠っています。それで、待ちに待った萩の花が咲く意味合いを込めて「秋芽子乃」を枕詞として使っていると解説しています。
ここで、「芽子」の言葉の遊びの視線で集歌2273の歌を漢詩のように表記してみますと、次のようになります。
集歌2273
何為等加 何すとか
君乎将厭 君を厭(い)とはむ
秋芽子乃 秋芽子の
其始花之 その花の始めの
歡寸物乎 歓(かん)の寸(すく)なきを
このように漢詩調で歌を表記してみますと、この集歌2273の歌は「音で聴く訓読み和歌」とは違い、男女の経験豊かな男性からまだ男女経験の少ない若い女性に送った歌のように変身します。この歌の表記は、見ていただければ判るように漢字十六文字表記で四字ずつに区切りを取れます。この表記において、なんらかの意図があったと私は思っています。可能性として、宴会で歌を漢語・漢字で木簡に墨書して客の間を廻して楽しんだような世界です。この漢字表記では、非常にバレ話の歌になります。
どうでしょう、このように「ツキクサ」と「ハギ」とを理解すると万葉人の男達がこの二つの花を愛した理由の一つと理解できるのではないでしょうか。
多くの万葉人が愛した花があります。それが、初夏のツユクサと秋のハギです。万葉集の歌は、漢語や漢字で表記しますから、ツユクサとハギは次のような漢字で表記します。露草(ツユクサ)が、鴨頭草、鴨跖草、空草、月草の表記で、萩(ハギ)は秋芽子、芽子、波義、波儀の表記です。
ツユクサは今では広く道端や野原で見ることが出来ますが、飛鳥・奈良時代では中国から漢方の生薬として輸入された貴重な植物です。当初は、解熱・下痢止めの生薬だったようですが、その後、染物の絵入れの下地描きや初夏の鑑賞用の植物になって行ったようです。そのため、ツユクサの古語であるツキクサの表記に対して鴨跖草の漢字が使われる理由は十分に理解できます。鴨跖草は現在でもツキクサの漢方での呼び名で、鴨跖草は「おうせきそう」と呼びます。その鴨跖草の呼び名の由来は、中国において花の形を正面から見た姿が鴨の足(足を中国語で跖と云い、跖は硬い足の裏を意味します)に似ていることから付けられた名称です。一方、空草や月草、また露草は、ツユクサの花の色、開花の季節や時間から来た呼び名と思われます。このツキクサを示す鴨跖草、空草、月草や露草の表記については、専門家においても議論は無いようです。ただ、ツキクサを、どうして、鴨頭草と表記するのかについては、色々と議論があるようです。
また、ハギは日本の古くからの植物ですので、古代から萩(ハギ)を「ハギ」と言葉として呼んでいたようです。それで、ハギを波義や波儀と万葉仮名で音字表記するのは自然な姿です。ハギを萩の漢字表記するのは、奈良時代以降に秋を代表する日本の植物として創られた新字が由来ですから、議論の余地はありません。では、ハギを、どうして、秋芽子や芽子と表記するのでしょうか。
そのような疑問を持って、少し変わった視線から「鴨頭草」と「芽子」について、考えて見てみたいと思います。
最初に「鴨頭草」について考えて見てみたいと思います。中国の人はツユクサの花の形から鴨跖草と表現しましたが、万葉の人々は花の色、咲く季節や時間帯からツユクサを空草や月草と表現しました。このように、万葉人は中国の呼び名とは独立してツユクサの花の色や開花時期から万葉人自身の呼び名を持ちました。
では、万葉人としてツユクサの花の形をどのように捉えたのでしょうか。その視点から、鴨頭草の表記は花の形から想像した呼び名ではないでしょうか。それも、漢語の鴨跖草を知った上でのもじりの表記ではないでしょうか。ツユクサの花の形を中国人は鴨の足と見立て、日本人は鴨の頭と見立てたとの推測もありそうです。
そうしたとき、少なくても江戸時代頃から現在に伝わる言葉として「鴨の入り首」と云うものがあります。これがイメージとして万葉人の「鴨頭」の表現に近いのではないでしょうか。ここから、私は、このイメージでの鴨頭草の表記を捉えています。ちょうど、露草の花を横から見て、その花の形状と色から真鴨の先が丸みを帯びた頭と長くしなやかな首を苞に挿し入れたように見立て、花びらに刺し入れた首のその襟首が見えているようなイメージです。
そこで、ツキクサの万葉表記である鴨頭草の表現に、このような「鴨の入り首」の意味合いがあるとして、次の歌を見てみたいと思います。
秋の相聞 花に寄せる
集歌2281 朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
訓読 朝露に咲きすさひたる鴨頭草(つきくさ)し日さゆくともに消(け)ぬべく思ほゆ
私訳 朝露に濡れ咲いた花が萎れゆくツユクサのように、日が傾くにつれて感覚が薄れ逝くように感じられます。
この歌の「咲酢左乾垂」は、普段の解説では「咲きすさひたる」と読んで、古語での「すさび」の意味から花が次々と咲き出しているような情景としています。ところが、万葉仮名表記では「酢左乾垂」の漢字を使っていますから、目で読む和歌では「花が色褪せ萎れる」ような情景が受け取れます。つまり、万葉仮名の漢字の表現には、朝露に濡れ咲いた花が萎れ垂れていく一日での時間の経過があります。
この集歌2281の歌はツキクサの花を詠った歌ではありませんから、歌を詠った人の感情は「日斜共 可消所念」で表現する「日さゆくともに消ぬべく思ほゆ」です。家の縁側でのツキクサの花の移ろいを一日見ての歌ですから、女性が男性に対して詠った歌となり、早朝に妻問いをして帰って行った男に対する想いの歌です。
ここで、「消ぬべく思ほゆ」の万葉仮名表記である「可消所念」の「所」で表現される、その消え行く想いを受け止めた場所は、心でしょうか、体でしょうか。私は「体に残る相手の男性の感覚」が薄れ行くと理解しています。ツキクサの花は朝四時頃から咲き始めると云います。ちょうど、妻問いした男が帰っていく時間に重なります。ですから、恋する乙女は「日さゆくともに消ぬべく思ほゆ」と、体に残る男性の感覚が午後遅くになるにつれて薄れて行くと、男に訴えているのです。つまり、この歌は、女が「昨夜の感覚が薄れてきたので、今宵も貴方の酢左乾(すさび=荒々しさ)が欲しい。」と男の許に文を送った情景と思っていいのではないでしょうか。
なお、日本書紀では雄略天皇には一夜に七回の記録がありますので、恋する乙女が求めた「男のすさび」の解釈が「技術と力強さ」か「記録への挑戦の体力」かのどちらかは不明です。好みで解釈してください。
ただし、万葉集をたしなむ淑女の解釈は、次の解釈でなくてはいけません。
集歌2281 朝露尓 咲酢左乾垂 鴨頭草之 日斜共 可消所念
訓読 朝露に咲きすさびたる月(つき)草(くさ)し日くたつなへに消(け)ぬべく思ほゆ
意訳 朝露に咲き誇っている月草のように日が傾くにつれて消え入るばかりに思われます。
この普段の解釈での「咲き誇る月草」と「消え入るような想い」とに連脈も、比喩もないところが、和歌の鑑賞では重要なようです。
次に、ハギについて見てみます。
飛鳥・奈良時代に人々に漢字の表記が広がります。そのとき、人々が使っていた言葉での「ハギ」に「芽子」の漢字が充てられています。この「芽子」の漢字が充てられた理由が、現在も専門家もまったく分からないようです。「ハギ」と云う言葉の由来の論争では、多数意見として「ハギの語源は生芽(ハエギ)のようで、毎年根茎から芽を出すことから付けられた。」としています。ただし、ハギを「萩」と後年に新しい漢字を創ったようにハギは、秋を代表する花を楽しむ植物です。その名の由来を、春の新芽に由来を持ってくるところが辛いところですし、日本の在来植物の言葉の語源に漢語の「生芽」の読みを持ってくるのも辛いところです。つまり、言葉の由来と日本語表記の歴史とには関連がないとする勇気です。
また、葉の形状から歯牙(はぎ)、秋に葉が黄色くなるので葉黄(はき)、葉が沢山ついた木なので葉木(はき)などの説もあるようです。ただし、日本古来の植物の名の由来に、漢語や漢字の読みを持ってくるのは、大変に辛い説明です。そうしたとき、ハギの名前の語源の由来自体については、私個人的には鹿の食む木としての「はむき」がその名の語の由来としては相応しいと思っています。この鹿の食む木(はむき)説を思わせるような正統の鹿と萩の歌を以下に紹介します。
湯原王鳴鹿謌一首
標訓 湯原王の鳴く鹿の歌一首
集歌1550 秋芽之 落乃乱尓 呼立而 鳴奈流鹿之 音遥者
訓読 秋萩し散りの乱(まが)ひに呼びたてに鳴くなる鹿(しか)し声し遥(はる)けさ
私訳 秋萩の花の散る逝く萩の茂みの中に乱れて、雌鹿を呼び立てて鳴いている雄鹿の声が遥かに聞こえる
ただ、なぜ、この「食む木」に漢字で「芽子」の当て字を使ったのかについては不明です。
ここで、漢字の「芽子」の用字からは「かわいい芽」とか「小さい芽」のような意味が取れますから、ここに理由があるのでしょうか。ツユクサを、その形から中国人は鴨跖草と見立て、大和人は鴨頭草と見立てています。すると、同じように、その花の形から「芽子」と見立てた可能性があります。つまり、まめ科である萩の花の形を観察しての「めこ」の意味合いです。その「めこ」の漢字表記となる「芽子」が当て字として採用され、その「芽子」の表記を植物の名であるハギと読んだと推理しています。古来、女性器の部分を「芽」、「芽子」、「御芽子」と表現しますから、同じような形をした比喩としての萩の花の「芽子」の表記ではないでしょうか。
この「めこ」の漢字表記となる「芽子」の意味合いで、次に紹介する歌を見てみたいと思います。
巻十 秋の相聞 花に寄せる
集歌2284 率尓 今毛欲見 秋芽子之 四搓二将有 妹之光儀乎
訓読 ゆくりなくに今も見が欲(ほ)し秋萩ししなひにあるらむ妹し姿を
集歌2284の歌は、万葉集の編集の区分では男性から女性に贈った歌の扱いです。そのときに、この歌で「妹之光儀乎」とありますから、以前に男性が野外で女性に逢ったことを思い出しての歌と理解できます。それも日の光の下での逢引です。
参考歌 妹之光儀の用例
集歌229 難波方 塩干勿有曽祢 沈之 妹之光儀乎 見巻苦流思母
訓読 難波(なには)潟(かた)潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹が光儀(すがた)を見まく苦しも
集歌1622 吾屋戸乃 秋之芽子開 夕影尓 今毛見師香 妹之光儀乎
訓読 吾が屋戸(やと)の秋し萩咲く夕(ゆう)影(かげ)に今も見てしか妹が光儀(すがた)を
集歌2883 外目毛 君之光儀乎 見而者社 吾戀山目 命不死者
訓読 外目(よそめ)にも君し光儀(すがた)を見にはこそ吾が恋(こひ)止(や)まめ命死なずは
この集歌2284の歌から男女は野外で逢っているのですが、さて、そのとき、恋人は着物を着ていたのでしょうか。男性に逢ったとき、その恋人の女性が裸だったか、どうかなんて、普通の人にとって呆れた疑問でしょうし、その疑問の意味が判らないでしょう。実は、集歌2284の歌の「四搓二将有」の詞で使われている「搓」が曲者なのです。この「搓」の漢字には「両手を合わせて前後させる。片手を当てて擦る」の意味がありますから、「四搓二将有」の漢字には「二人の四つの手で撫であう」と云う意味が取れます。それでいて和語としての「しなひにあるらむ」の意味は「女性のしなやかな肢体」の状態を示します。つまり、集歌2284の歌は、若い男女が野外で逢引し、そこで逢い抱きあったときの状況を非常に性的な表現を使って表わしているのです。それで、最初に示した「男性が女性と逢ったとき、女性は着物を着ていたか」との疑問が生じたのです。
こうしたときに、集歌2284の歌の「四搓二将有」の漢字と同じような意味合いで「秋芽子之」の漢字が使われているとすると、そこには現在に通じる隠語での「御芽子(おめこ)」があります。このように、万葉集の歌は、同じ歌ですが「音で聴く訓読み和歌」と「目で読む万葉仮名の和歌」とでは、取りようによっては大変に意味が変わってきます。その「音で聴く訓読み和歌」と「目で読む万葉仮名の和歌」との両方を満たす言葉(漢字)として、万葉人が男女の相聞で「秋芽子」の言葉を好んだのも納得できるのではないでしょうか。この当て字としての芽子(ハギ)と目で読む芽子(めこ)を同時に使った歌は、高度な言葉遊びの世界です。
ただし、私たちが普段に目にする集歌2284の歌は「音で聴く訓読み和歌」として鑑賞して、淑女は昔から次のように解釈することになっています。なお、私訳は、省略させていただきます。
集歌2284 率尓 今毛欲見 秋芽子之 四搓二将有 妹之光儀乎
訓読 ゆくりなくに今も見が欲(ほ)し秋萩のしなひにあるらむ妹が姿を
意訳 だしぬけに、今にも見たい。秋萩のようにしなやかだろう、あの娘の姿を。
もうすこし、この「芽子」の言葉で遊んでみます。ここでは、最初に集歌2273の歌の普段の解説での淑女が嗜むべき意訳を紹介します。
集歌2273 何為等加 君乎将厭 秋芽子乃 其始花之 歡寸物乎
訓読 何すとか君を厭(い)とはむ秋萩のその初花(はつはな)の歓(うれ)しきものを
意訳 どうして、貴方を厭いましょう。秋萩のその初花のように嬉しいものなのに。
従来の解釈の延長線では、集歌2273の歌は、ちょうど、集歌2284の歌に対する返答歌のような感覚で、歌の解説では男からの誘いに女が答えた歌とされてします。そして、女は自身の状況を男に抱かれ女として開花する意味合いを込めて「始花(花の始め)」と詠っています。それで、待ちに待った萩の花が咲く意味合いを込めて「秋芽子乃」を枕詞として使っていると解説しています。
ここで、「芽子」の言葉の遊びの視線で集歌2273の歌を漢詩のように表記してみますと、次のようになります。
集歌2273
何為等加 何すとか
君乎将厭 君を厭(い)とはむ
秋芽子乃 秋芽子の
其始花之 その花の始めの
歡寸物乎 歓(かん)の寸(すく)なきを
このように漢詩調で歌を表記してみますと、この集歌2273の歌は「音で聴く訓読み和歌」とは違い、男女の経験豊かな男性からまだ男女経験の少ない若い女性に送った歌のように変身します。この歌の表記は、見ていただければ判るように漢字十六文字表記で四字ずつに区切りを取れます。この表記において、なんらかの意図があったと私は思っています。可能性として、宴会で歌を漢語・漢字で木簡に墨書して客の間を廻して楽しんだような世界です。この漢字表記では、非常にバレ話の歌になります。
どうでしょう、このように「ツキクサ」と「ハギ」とを理解すると万葉人の男達がこの二つの花を愛した理由の一つと理解できるのではないでしょうか。
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