万葉雑記 色眼鏡 二一七 今週のみそひと歌を振り返る その三七
歌の鑑賞に苦しんでいます。
万葉集もこのあたりに来ますと、和歌という世界が固定化して来て、歌の背景よりも歌が示す世界をそのままに楽しむように成って来ている感があります。
今回は、言葉遊びを中心に遊んでみます。
最初に、集歌992の歌は標題と歌が組み合って初めて歌の情景が判るもので、古今和歌集の歌のように詞書と歌とが一体になったものと同じ姿を見せています。もし、集歌992の歌を一字一音の万葉仮名だけで表記しますと、古今和歌集のものと区別するのは難しいと思います。
この歌では「飛鳥」と「明日香」との表記の使い分けがあり、古い郷の地名「あすか」は「飛鳥」と表記し、新造なったその飛鳥から移って来た飛鳥寺を「明日香」という表記で新しさや将来への希望を強く印象付けています。ここに漢字文字の使い分けがありますし、漢字を楽しむ姿があります。その姿があるから「見樂思好裳」という漢文的な漢字文字の選択です。
雑話ですが、奈良市元興寺付近は奈良遷都に伴って移って来た飛鳥寺に因んで奈良の時代から今日まで「飛鳥」と呼ばれています。奈良市立飛鳥中学校の校名が地名由来を残しています。
大伴坂上郎女詠元興寺之里謌一首
標訓 大伴坂上郎女の元興寺の里を詠ふ謌一首
集歌992 古郷之 飛鳥者雖有 青丹吉 平城之明日香乎 見樂思好裳
訓読 古郷(ふるさと)し飛鳥はあれどあをによし平城(なら)し明日香を見らくしよしも
私訳 旧都の飛鳥に飛鳥寺(=法興寺)は残っているが、その飛鳥寺が青葉美しい奈良の都の明日香に遷ってきて新しい飛鳥寺(=元興寺)として見るのは楽しいことです。
次に漢字遊びを中心に集歌997の歌に遊びます。この歌は六首が組みになったものの中の一首で、他の歌と組み合わせることでより背景が見えてくるようなものです。特に集歌1001の歌を参照しますと、難波の離宮への行幸に随伴し、祖神拝礼儀式が行われた、その日の夜に宴会が持たれたのであろうと推測されます。宴に集う人々は行幸やその日に見た情景を下に歌を詠ったようです。集歌997の歌はこのような背景を持つ歌です。
集歌1001の歌からしますと、神事儀礼に参加する官僚群とその儀礼に参加しない女官たちでグループは分かれたようで、官僚たちは儀礼に参加する中で海岸に遊ぶ若い女官たちの姿を遠くから眺めたと思われます。集歌997の歌はその情景からの発展です。歌を鑑賞する人たちには昼間見た、裳裾を手繰り上げ、太ももまで素足をさらした若い女たちの姿があります。その姿があるから「しじみ」という貝の名を示すのに「四時美」ですし、太ももまでは見えたがその先までは見えなかったとして「開藻不見」という表現です。当然、貝に組み合わさる藻には若く柔らかな陰毛という約束事がありますし、貝は女陰の意味合いが隠されています。夜の宴会には相応しいバレ歌です。
さらに穿ちますが、「戀度南」からしますと住吉神社から海岸は南に開けていますし、「南」の同音字は「男」です。若い女たちがいた場所は南側の日が差し込む海岸でありますし、神事に集う男たちが皆それを眺めた情景もあります。
春三月幸于難波宮之時謌六首
標訓 (天平六年)春三月に、難波宮に幸(いでま)しし時の謌六首
集歌997 住吉乃 粉濱之四時美 開藻不見 隠耳哉 戀度南
訓読 住吉(すみのえ)の粉浜(こはま)ししじみ開けも見ず隠(こも)りてのみや恋ひ渡りなむ
私訳 住吉の粉浜のしじみが固く蓋を閉じ開けるそぶりを見せない、そのように、ただ、貴女は閉じ籠っているだけでしょうか。そんな貴女に恋が募ります。
集歌1001 大夫者 御臈尓立之 未通女等者 赤裳須素引 清濱備乎
訓読 大夫(ますらを)は御臈(みらう)に立たし未通女(をとめ)らは赤裳(あかも)裾引く清(きよ)き浜廻(はまび)を
私訳 立派な殿上人である人達は祖神の法要に参加し、未通女達は目も鮮やかな赤い裳裾を引き上げて清らかな浜辺を歩き行く。
注意 原文の「御臈尓立之」は、一般に「御獮尓立之」と記し「御猟に立たし」と訓みます。
万葉集は漢語と表語文字である漢字という文字を使い、音を表す万葉仮名だけで表記された歌です。この表記スタイルを尊重しますと、ここで示したように歌に遊ぶことが出来ます。ただし、これは弊ブログだけでの遊びです。正統な鑑賞方法ではありません。
学業に関係ない大人のバカ話ですし、鑑賞です。学生さんたちは、正統な訓じと解釈に従うことが受験ということで義務付けられていますので、よろしく、お願いします。
歌の鑑賞に苦しんでいます。
万葉集もこのあたりに来ますと、和歌という世界が固定化して来て、歌の背景よりも歌が示す世界をそのままに楽しむように成って来ている感があります。
今回は、言葉遊びを中心に遊んでみます。
最初に、集歌992の歌は標題と歌が組み合って初めて歌の情景が判るもので、古今和歌集の歌のように詞書と歌とが一体になったものと同じ姿を見せています。もし、集歌992の歌を一字一音の万葉仮名だけで表記しますと、古今和歌集のものと区別するのは難しいと思います。
この歌では「飛鳥」と「明日香」との表記の使い分けがあり、古い郷の地名「あすか」は「飛鳥」と表記し、新造なったその飛鳥から移って来た飛鳥寺を「明日香」という表記で新しさや将来への希望を強く印象付けています。ここに漢字文字の使い分けがありますし、漢字を楽しむ姿があります。その姿があるから「見樂思好裳」という漢文的な漢字文字の選択です。
雑話ですが、奈良市元興寺付近は奈良遷都に伴って移って来た飛鳥寺に因んで奈良の時代から今日まで「飛鳥」と呼ばれています。奈良市立飛鳥中学校の校名が地名由来を残しています。
大伴坂上郎女詠元興寺之里謌一首
標訓 大伴坂上郎女の元興寺の里を詠ふ謌一首
集歌992 古郷之 飛鳥者雖有 青丹吉 平城之明日香乎 見樂思好裳
訓読 古郷(ふるさと)し飛鳥はあれどあをによし平城(なら)し明日香を見らくしよしも
私訳 旧都の飛鳥に飛鳥寺(=法興寺)は残っているが、その飛鳥寺が青葉美しい奈良の都の明日香に遷ってきて新しい飛鳥寺(=元興寺)として見るのは楽しいことです。
次に漢字遊びを中心に集歌997の歌に遊びます。この歌は六首が組みになったものの中の一首で、他の歌と組み合わせることでより背景が見えてくるようなものです。特に集歌1001の歌を参照しますと、難波の離宮への行幸に随伴し、祖神拝礼儀式が行われた、その日の夜に宴会が持たれたのであろうと推測されます。宴に集う人々は行幸やその日に見た情景を下に歌を詠ったようです。集歌997の歌はこのような背景を持つ歌です。
集歌1001の歌からしますと、神事儀礼に参加する官僚群とその儀礼に参加しない女官たちでグループは分かれたようで、官僚たちは儀礼に参加する中で海岸に遊ぶ若い女官たちの姿を遠くから眺めたと思われます。集歌997の歌はその情景からの発展です。歌を鑑賞する人たちには昼間見た、裳裾を手繰り上げ、太ももまで素足をさらした若い女たちの姿があります。その姿があるから「しじみ」という貝の名を示すのに「四時美」ですし、太ももまでは見えたがその先までは見えなかったとして「開藻不見」という表現です。当然、貝に組み合わさる藻には若く柔らかな陰毛という約束事がありますし、貝は女陰の意味合いが隠されています。夜の宴会には相応しいバレ歌です。
さらに穿ちますが、「戀度南」からしますと住吉神社から海岸は南に開けていますし、「南」の同音字は「男」です。若い女たちがいた場所は南側の日が差し込む海岸でありますし、神事に集う男たちが皆それを眺めた情景もあります。
春三月幸于難波宮之時謌六首
標訓 (天平六年)春三月に、難波宮に幸(いでま)しし時の謌六首
集歌997 住吉乃 粉濱之四時美 開藻不見 隠耳哉 戀度南
訓読 住吉(すみのえ)の粉浜(こはま)ししじみ開けも見ず隠(こも)りてのみや恋ひ渡りなむ
私訳 住吉の粉浜のしじみが固く蓋を閉じ開けるそぶりを見せない、そのように、ただ、貴女は閉じ籠っているだけでしょうか。そんな貴女に恋が募ります。
集歌1001 大夫者 御臈尓立之 未通女等者 赤裳須素引 清濱備乎
訓読 大夫(ますらを)は御臈(みらう)に立たし未通女(をとめ)らは赤裳(あかも)裾引く清(きよ)き浜廻(はまび)を
私訳 立派な殿上人である人達は祖神の法要に参加し、未通女達は目も鮮やかな赤い裳裾を引き上げて清らかな浜辺を歩き行く。
注意 原文の「御臈尓立之」は、一般に「御獮尓立之」と記し「御猟に立たし」と訓みます。
万葉集は漢語と表語文字である漢字という文字を使い、音を表す万葉仮名だけで表記された歌です。この表記スタイルを尊重しますと、ここで示したように歌に遊ぶことが出来ます。ただし、これは弊ブログだけでの遊びです。正統な鑑賞方法ではありません。
学業に関係ない大人のバカ話ですし、鑑賞です。学生さんたちは、正統な訓じと解釈に従うことが受験ということで義務付けられていますので、よろしく、お願いします。
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