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竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉雑記 色眼鏡 二七七 今週のみそひと歌を振り返る その九七

2018年07月28日 | 万葉集 雑記
万葉雑記 色眼鏡 二七七 今週のみそひと歌を振り返る その九七

 今週は気になった訓じについて遊びます。最初に標準的なものを紹介します。

集歌2545
原歌 誰彼登 問者将答 為便乎無 君之使乎 還鶴鴨
萬葉集釋注 伊藤博
訓読 誰(た)そかれと問はば答へむすべをなみ君が使を帰しつるかも
意訳 「誰なのか、使いをよこすその男は」と尋ねられたら、どう答えてよいのか手だてがないので、せっかくのあなたのお使いなのに、すげなく帰してしまいました。

万葉集全訳注原文付 中西進
訓読 誰(た)そ彼(かれ)と問はば答へむすべを無み君が使を帰しつるかも
意訳 あれは誰だと人が聞くと答える方法がないので、そそくさとあなたの使いを帰してしまったことだ。

 歌の鑑賞の情景は、親に知られないように男と付き合っている若い娘の許に、その男の許から恋文となる手紙か、伝言を携えた使がやって来た場面でのものです。若い娘は家族に男の存在を知られたくないので、その使に対し、見知らぬ通行人のような素っ気ない対応をしたとするものです。
 原歌表記からの意訳を比べますと、中西氏のものが原歌通りで、伊藤氏のものは原歌からの解釈を一歩進めてのものです。娘の家族は使の人物自体を知りませんし、目的も知りません。使の性別も歌からは不明です。「彼」と云う漢字本来の意味からしますと、現代用語での「彼氏」のような扱いではなく、「遠くのものを示す」代名詞だけですから、人を指すとしても下男かもしれませんし、下女かもしれません。不明です。歌の初句「誰彼登」は、遠くからやって来る見知らぬ人物に対して、「あそこにやって来るあの人は、誰なのだろう?」と云う疑問的な会話を示すだけです。およそ、そのような表記に使われる漢語・漢字に忠実なのが中西氏であり、現代語用語か、解釈優先でものもが伊藤氏のものになります。
 なお、歌の初句「誰彼登」の「彼」と云うものを本来の代名詞として扱いますと、漢文訓じでは「そ」と扱う場合がありますから、「たれそ そ と」や「たれし そ と」とするのが良いかもしれません。そのような背景で弊ブログでは次のように訓じ・解釈しています。


集歌2545 誰彼登 問者将答 為便乎無 君之使乎 還鶴鴨
訓読 誰(たれ)し彼(そ)と問はば答へむすべを無(な)み君し使(つかひ)を還(かへ)しつるかも
私訳 「誰ですか、あそこの人は」と聞かれたら、恋人である貴方からの使と答えることが出来ないので、それで貴方からの使いをそのまま返してしまうでしょう。

 そうした時、集歌2545の歌の種になったような歌があります。それが集歌2240の歌です。先の歌との比較で原歌表記に忠実な中西氏のものを先に紹介します。

集歌2240
原歌 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
万葉集全訳注原文付 中西進
訓読 誰(た)そ彼(かれ)とわれをな問ひそ九月(なががつ)の露に濡(ぬ)れつつ君待つわれそ
意訳 誰だろうあれは、などといって私をとがめだてしてくれるな。晩秋九月の冷たい露に濡れながら、あの人を待っている私を。

 中西氏は集歌2545の歌の初句「誰彼登」と集歌2240の歌の初句「誰彼」を同じ訓じを行われていますし、解釈も同じです。弊ブログでも訓じ・解釈は同様です。ただ、弊ブログでの漢語「彼」と云う文字の扱いが漢文的な訓じであることが相違します。

集歌2240 誰彼 我莫問 九月 露沾乍 君待吾
訓読 誰(たれ)し彼(そ)し我(われ)しな問ひそ九月(ながつき)し露し濡れつつ君待つ吾そ
私訳 「誰だろう、あちらからやって来る人は」といって私に尋ねないで。九月の夜露に濡れながら、遠くに見えるその貴方を待つ私なのだから。

 また、集歌2240の歌の解釈と集歌2545の歌の解釈において、弊ブログでは集歌2240の歌の場面は早朝の小川の辺、草木に朝露を置く状景で、娘と男とは前日以来の逢引の約束があったと考えています。娘は男がやって来る時間帯と場所を知っている前提です。一方、集歌2545の歌の情景は使の者を見知っているかもしれませんが、使がやって来ること自体を期待していなかったであろうと考えています。そのような娘の気持ちの持ちようが違うと考えています。
 ただし、人麻呂歌集に載る集歌2240の歌は実話に近い状況の歌か、それを題材にした和歌作歌への練習歌の感覚がありますが、集歌2545の歌は人麻呂歌集の集歌2240の歌を踏まえた、宮中などでの歌合歌ではないかと想像しています。つまり、歌のための歌であって、実際の恋愛を詠うものではないと考えています。ある種、古今和歌以降の歌会の為の歌のようなものです。

 今回、つまらない些細なことを取り上げました。どうでもよいことですので、たんなる戯言とご笑納ください。

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