トッド・フィールド監督「TAR/ター」を見る。
これまた見事な一人称映画。
すべてはケイト・ブランシェット演じる
超一流の指揮者ターの視点から映し出される事象の数々。
そうかアーティストってこんな心象風景なのか。
権力があるとはこういうことなのか、と。
観客の多くは戸惑うだろう。
というか自分はえらく戸惑ってしまった。
この女の人は誰だろう、ああ、同性婚の相手か。
だとしたらこの女の子は養子なのかな、とか。
そうか、ターは大学で教えているんだ、とか。
彼女を取り巻く状況と人物関係が大まかにわかってくるのは、
映画が中盤にさしかかる頃ではないだろうか。
とはいえ、人物の紹介がはっきりされないので、
ター以外の人が誰なのか。映画にどう関係してくるのか。
ぼーっと見ていると置いてけぼりにされそうだ。
そんな語り口のまま映画は突き進んでいく。
アーティストゆえなのか、
自身の芸術を追究する態度は真摯だが、
だからといって自信に溢れているわけではなく、
常に解答を求めてもがいている感じがある。
もともとパワハラ体質な面も、
その細かな言動から見え隠れする。
微妙な心身のバランスのもと、
なんとか自身のオーケストラを掌握しつづけるが、
強気と弱気が彼女のなかを行ったり来たりするあたりの
リアルさというか、いつ暴発してもおかしくないホラー感。
終盤に出てくるアジアの国、タイだと思われるけど、
功成り名を遂げた彼女が転落の一途をたどり、
強烈なしっぺ返しを食らう場面の残酷さ。
一人称映画と書いたが、本作はとても冷徹な神の視点からの
映画かもしれないな、と。
主役ターを演じたケイト・ブランシェットは
俳優からの引退を表明したとかしないとか。
たしかに、これだけ繊細な役どころを全うしているだけに、
やり切った感じがあるんだろうな、きっと。