松居大悟監督「ちょっと思い出しただけ」を見る。
これはいい映画だなあ。
伊藤沙莉。本作は彼女の代表作になるんじゃないか。
池松くんも珍しく等身大の役どころが見られたというか。
ふたりの絶妙なアンサンブルが織りなす、
切なくていとおしいラブストーリー。

高円寺のガード下で、
誰もいない夜の水族館で、
伊藤沙莉が両手を広げ、
くるくると回ると映画が動き出す。
個性的なこの女優さんの
どこか固めの演技が、ふとやわらかになる瞬間を
見届ける幸福感を噛みしめたい。
劇中のさまざまな場面でケーキが出てくる。
池松くんの誕生日を祝い、伊藤沙莉が渡そうとして、
結局渡せないケーキ。あるいは部屋で仲睦まじく
分け合って食べるケーキ。一人残された池松くんが、
路上で淋しそうに食べるケーキ。
あるいは、ふたりの常連にしているバーで
無理矢理池松くんが食べさせられるケーキ。
何かを渡すこと。受け取ること。
分け合うこと。渡せないこと。
そして受け損なうことを積み重ねていき、
ふたりの物語をつくっていく映画なんだな、と。
タイトル通り、
「ちょっと思い出しただけ」なのだから、
さまざまな記憶の断片が細切れに現れるわけで、
だから、時系列が交錯するんだろう。
ジム・ジャームッシュ映画の記憶。
「ナイト・オン・ザ・プラネット」へのオマージュ。
がらっぱちのウィノナ・ライダーと伊藤沙莉の相似性。
そして「パターソン」と
「ミステリー・トレイン」の記憶のもと、
ベンチに佇む永瀬正敏を登場させ、
主人公のふたりを見守る。
定点観測的なショット。
猫。ベランダ。ストレッチ。アパート。
地蔵。坂道。公園などに
静的な美しさを感じ取る。
尾崎世界観が出ていたのは、
そうか「私たちのハァハァ」を撮った監督だからか。
クリープハイプの曲をちゃんと聞きたくなった。
あの映画も、もういちど見直してみたい。