サンクト・ペテルブルグといえば、プーシキンやドストエーフスキーなど文学の宝庫であるが、歌やバレーなど音楽の宝庫でもある。 青春時代うたごえ運動などに係わる中で数多くのロシア民謡を歌ったが、その中に「街のざわめきも聞こえず」や「鐘の音は単調に鳴り響く」などがあった。いずれもサンクト・ペテルブルグを舞台とする。
エルミタージュからネヴァ河をはさむ対岸にペトロパブロフスク要塞がある。ピョートル大帝が西側の侵略を防ぐ砦として築いたもので、そもそもペテルブルグの発祥である。その後この要塞は監獄となり、ドストエーフスキーやレーニンの兄など著名な政治犯が入っていたという。「街のざわめきも聞こえず」は、未だ見ぬこの監獄を想起しながら歌ったが、今回その威容をはじめて見た。
一、音もなく更け行く 牢屋に死を待ちて
闇をもる月かげ 夜半にただ青く
四、待てる老いたる母 のこる新妻よ
あすはわれ帰らず さらばいざさらば
(ロシア民謡、白樺訳)
音楽で忘れられないのは、オペラ『オテロ』(指揮ゲルギエフ)を観たマリインスキー劇場だ。 この劇場は1859年、火事で消失した皇帝の「劇場サーカス」跡に建てられたロシア最初の音楽劇場で、アレクサンドル2世の妻の名前に因んで名付けられたと言う。モスクワのボリショイ劇場に匹敵する質を誇ると言うだけあって、素晴らしい音響性に富む。私と妻は、ほぼ中央の一階ボックス席で聴いたが、イヤゴーのピヤニッシモの呟きが手に取るように聞こえた。この歌手の声量もさることながら、劇場の音響の良さによるところが大きかったであろう。
そしてもっと印象的なことは、オペラが終わったあと(午後九時半)、まだ太陽の光が残る白夜の中に浮かび上がった劇場の美しさであった。その青の色調は(ボリショイの赤に対し青を対置していると言われる)、これまでに触れたことのない美しさであった。