旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

コロナ禍で迎える「歓迎されざるオリンピック」

2021-06-30 14:11:27 | スポーツ




 明日には7月を迎える。下旬にはオリンピックが開かれる月である。

 これほど不安に満ちた歓迎されざるオリンピックが、これまでにあっただろうか? 東京のコロナ患者数は五たび増勢に転じ、指標は緊急事態に該当する第四ステージに迫ろうとしている。各種世論調査を見ても、この開催間際に至っても「中止または延期」を望む人が過半数を占めている。
 にもかかわらず、政府は断固開催の方針を曲げない。中止や延期を検討する気配も見せない。一体そのウラには何があるのだろうか? お金…、人気取り…、権威の維持…? そこには様々な思惑がうごめいているのだろうが、国民の命よりも大事なものがあるはずはない。

 明日から7月が始まる。この夏が、歴史を穢す悲惨な夏にならないことをひたすら願う。


コロナ禍と酒

2021-06-22 11:12:31 | 




 緊急事態宣言が解除された。とはいえ、蔓延防止措置に引き継がれるので、実態はあまり変わらない。というよりも、国民は緊急事態に慣れ過ぎて「通常事態」となっていたので、「解除」を実感することもなくなってきたのかもしれない。

 ただ、目の敵にされてきた酒だけには厳しく、これが解除された実感はますますない。
 早速昨日、二つの会食の予約をした。一つはK先輩と吉祥寺でビールを飲もう、というもので、もう一つは、女房と娘と三人で新宿小田急の某有名料理店(あえて名前は伏す)で夕食をしようというものだ。前者は昼間の13時から二人だけなので酒の提供に問題はないが、後者は、同居家族といえども三人であるので、「酒の提供は19時まで二人以下」という東京都の基準に反するのでダメだと言う。
 わが親娘は長年同じ屋根の下に住み、同じ食卓で三度の食事をし、女房とは同じ部屋に寝ている。もちろん私は晩酌を続け、日々酒を欠かしたことはない。ところが、その同じ三人が外の店で外食するとなれば酒を飲んではいけないというのだ! しかもその某有名料理店はテーブルの間隔も十分で環境的には我が家より良い。
 酒が飲めないで私が行く意味はなく、予約することをやめようとも思ったが、「隣り合わせの席で一名と二名」と二つの予約をして明日出かけることにした。その一名の席で私は静かに酒を飲むのだ。どんな風景になるか楽しみにしている。

 ところで今朝のニュースによれば、オリンピックは1万名まで観客を入れて、しかもお酒も出すことを検討しているという。同居家族の三人でも飲めない酒を、世界的競技に興奮する1万名の観客が飲んでいいという判断は何処から出てくるのだろうか?


6月24日追記

予定通り昨日、件の店で会食したので、写真を添付しておく

 
  私の席(四人席に一人だけ)
   
   ついたてで隔てられた女房と娘の隣席


 私は一人寂しく『作』2本と『田酒』1本を「寿司コース」で飲みました
 
     

  
  暮れなずむ西新宿のビル街


コロナ・ワクチン接種(第2回目)終了

2021-06-14 13:52:27 | 時局雑感




 昨13日午後2時、第2回目のワクチン接種を終了した。

 針を刺した跡に筋肉痛的な軽い痛みが残ったが、24時間(今日の午前中)でほぼ消えた。腕が上がらいなどの症状もなく、熱もほとんど出なかった。2,3時間ごとに計って見たがみたが、最高36.5度であった(平熱は36度前後なので微熱?)が発熱感などなかった。2回目はひどいというが、私の場合は変わらなかった。
 こうなると気になるのが、本当にワクチンが投与されたのか、という不安である。「86歳のこのヨボよぼ爺に貴重なワクチンなどもったいない。ソーダ水でも注入しておけ、いや、酒好きというから米のとぎ汁でもいれとけ」ということにでもなったのではないか? いや、真面目さでは世界に誇る日本の官僚組織と医師団により、整然と行われているワクチン接種において、そのようなことはあるまい。
 となると気になることは、俺の体は最早老いぼれ朽ち果てて、ワクチンも薬も効かないのではないか、ということだ。世にいう「副反応の強い2回目にワクチン」に対して、反応する能力も失っているのではないか? そういえば、1回目の投与から23日を経過するが、この間、わが体内で抗体が形成されている動きなど微動だに感じない。
 まあ、医学を信じて「無駄ではなかった」ということだけにはなりたいが…。

 私は予てから「老人よりも、第一線で働く壮年、若年層から接種すべき」と主張してきたが、最近ようやくその動きが出てきた。成長力に富む若者には副作用も強いのだろうが、それだけ効果も大きいのであろう。頑張ってもらいたい。 


コロナ禍の中での高質なオペラ公演 … ミャゴラトーリの演奏会形式『コシ・ファン・トゥッテ』と『スペシャルコンサート』

2021-06-07 16:07:49 | 文化(音楽、絵画、映画)




 コロナ感染症の蔓延状況に対する緊急事態宣言下という悪条件の中で、ミャゴラトーリの本年オペラ公演は、演奏会形式という制約された公演となった。しかし、二日間(6月4,6日)のオペラ『コシ・ファン・トゥッテ』は、中に挟んだスペシャルコンサート(5日)ともども成功裡に終わった。

 会場の杉並公会堂小ホールは、定員195席であるがコロナ対策入場制限で半数の95席に制限され、加えて強い自粛要請から観客動員は難しかった。状況によっては公演停止や無観客も覚悟しなければならない情勢にあったが、「無観客になってもやろう。それが芸術家の使命だ」という演出家を含む主宰者側の方針で行われたものであった。結果は、5日のコンサートこそ半数弱の観客であったがオペラは両日ともほぼ満員であった。
 そして、参加者からは熱いエールが数多く寄せられた。
「みなさん力量にあふれ卓抜の美声、驚愕のルツボでした」(H.Iさん)
「けっこう理屈っぽいオペラとして観てきたが、なんとも楽しく、明るく、歯切れよく演出してくれた。楽しかった!」(A.Hさん)
「コロナ制限を逆に生かし、小劇場的に、観客と一体感のある演奏。本来のオペラの雰囲気を伝えてくれた感じだ}(M.M君)
「(初日、二日目と連続観て、特にコンサートにおける岩田さんの歌手と声の質の解説を聞いて)オペラ公演とコンサートは一体となっているのだ。今日の解説を聞いてすべてがわかった」(Y氏)
 ……
などなど、高い評価がいくつも寄せられた。
 練習風景から触れてきた私は、「無観客でもやる。それが芸術家の務めだ」という芸術家の執念みたいなものを感じてきたが、そこから生まれてきた芸(演出と美声)に導かれた“モーツァルトの類まれな美しい音楽”に酔った。

 
  初日の『コシ・ファン・トゥッテ』カーテンコール
  
          (左)富岡明子、(右)高橋絵理 
 
  (左)薮内俊哉  (右)寺田宗永       
  
  (左端)向野由美子    
   
    (左)大澤恒夫

  
  二日目の『スペシャルコンサート』カーテンコール
 
  二日目記念撮影

     
  三日目カーテンコール


長い閉塞感を打ち破る月になるか? … 6月を迎えて

2021-06-03 10:56:08 | 時局雑感



 早くも今年の前半を終える6月を迎えた。そしてこの6月は、最近には珍しくいろいろなことが重なっている。コロナの蔓延と緊急事態宣言で一切の計画、行動を奪われてきたが、その閉塞感を打ち破る月になるかもしれない。
 まず明日から、娘のオペラ公演が始まる。4日、6日と『コシ・ファン・トゥッテ』、5日は『スペシャルコンサート』と3日間の公演を杉並公会堂で開催する。コロナによる入場制限と観客の自粛で、赤字覚悟の公演となったが、演出家を含む主催者側は、「無観客となってもやり抜く」と連日猛げいこに励んできた。国や世間に対する問題提起も含んだ「芸術家の心意気」を感じている。
 13日は私の2回目のワクチン注射。明日死ぬかもしれない86歳の老人にワクチンの必要性があるのか疑問も抱いたが、未だ生きようとする姿勢だけは示して、その先にどんな生が待っているのか観てみよう。
 20日には緊急事態宣言の期限がくる。感染者数減少傾向の東京の情勢からみて、おそらく解除されるか緩和されるであろう。そこには、我慢を続けた酒の会や諸々の勉強会などが待っている。2回目のワクチン接種が効果を発揮してくるか?
 ひとつ気になるのは、29日に予定されている末弟の心臓手術だ。昨年末から続いたいくつかの手術の総仕上げで、これまた新たな生への挑戦だ。必ず成功して新しい境地を切り開くものと信じている。


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